第297話 その機は勇気で勝機に変わる

「生きている!誰か受け止めろ!」


 まだ与圧されていた中央大広間ジャンクションホールの巨大ゲートがゆっくりと開くと、すでにいくつかのエアロックを破壊され真空になっていたB棟へ向かって空気が一挙に溢れ出してきた。その暴風はゲートの前を守っていた何人かのサウロイドを吹き飛ばすと同時に――


「人だ!生きているぞ」

 なぜか素っ裸の男も一緒に流されてきたのである!

 地球での戦闘ならソイツが友軍なかまとは限らないが、ここは月面のサウロイドの基地なのだ、考えるまでもなかった。

「だれか捕まえろ!」

 ソン中尉は、あっという間に自分の眼前を通り過ぎて行った男の体を首で追いながら後方にいる仲間達に「キャッチしてくれ」と叫んだのだった。

 

 月面の重力のせいで男の体は台風の日のトタン屋根のように軽々と舞い、真っすぐな通路の壁や床にバウンドしながら風に押されていく。それはまるで弄ばれる哀れな人形のようだったが――そのとき、一人が飛び出した。

「!?」

 顔はわからない。

 背格好からいえばティム中尉か、それこそイトー中尉だろう。

 だがともかく、その勇敢な者は部屋という塹壕から飛び出した。通路に身を晒しサウロイドに狙撃されるかもしれない危険を顧みず、バッと部屋から飛び出してその肉体を捕まえてくれたのだ。

「おぉ!!」

 二つの体は、しばらく一緒に風に弄ばれた後、かなり後方で落ち着きを取り戻した。与圧されたゲートの向こうから吹き出る暴風も、さすがに距離が離れれば力も弱まるのだ。


「ナイスゥ!」

 思わず母国語の広東語で感嘆したソン中尉は、バッと前方に向き直った。

 そのあとの事が気になるものの(裸のまま真空に晒された男の蘇生についてだ)それはキャッチした者に任せるべきで、いま自分がすべきことは勇者を守ることだ。

「牽制!」

 吹きすさぶ風上に向かって、もう残弾が少なくなってきたライフルを斉射した。そして見れば、真っすぐな通路の先30mほどにあるゲートは、ちょっと目を離していた隙に、もう腰の高さほどまで開いているではないか。そして敵の増援もなさそうだ。


「そ、そうか…」

 ソン中尉は、があまりに突飛なため、気づくのが遅れてしまった。その経緯はまったくもって想像ができないが、起きた事だけを見るならば


――吹っ飛んできたあの男がゲートを開いてくれたのだ


 アサルトライフルを風上に斉射しながら、ソン中尉は息の呑んだ。

 そして次の瞬間、彼はライフルを右手一本の腰撃ちに持ち替えて左手をフリーにすると、その左手で「突撃」のハンドサインを神妙に強く掲げたのである!

 イチかバチかだが、賭けるに値するチャンスだ。


 ――いくぞ!


 よく訓練された部隊というのは全員の作戦認識が揃えられているから動きが早い。

 全員が一致して内心で「ゲートが開いたが突撃するか?どうする?」と発想できていたので、ソン中尉の「突撃」のハンドサインのただ一つで、一気に全員が動く事ができた。

 次の瞬間にはもう

「うおぉぉ!!」

「いくぞぉぉ!」

 廊下に面する部屋々々を塹壕にして半身を隠していた揚月隊14名は、ソン中尉の突撃に合わせてワァッと主戦場である廊下に飛び出したのである!不運な連中が2,3人死ぬかもしれないが叩くなら今しか無い――とソン中尉は、いや全員がそう腹を括って風に向かって猛進した!

 むろん、すかさず廊下の向こうから何発かのフレアボールの牽制が入ったが、むしろゲート付近にいる彼らの方がこの風でパニックになっているので、その精度も頻度も悪かった。

「いけるぞぉ!」

 風の激流をしていくソン中尉は、赤兎馬に乗った呂布の気分で疾走した。

 何発かのフレアボールが手前の壁に着弾したり、背後の天井に着弾するのを見ていると、脳内麻薬のせいで自分が英雄になった気分になってくる。

「俺は無敵だ!続け!」


――――――

―――――

――――


 同じ頃――。

「せーの!」

 二番艦デイビッドの艦長の真之と、その管制官のマイルズは墜落の衝撃で開かなくなってしまったハッチに体当たりをしていた。

 前線の兵士からすると、なんともお気楽な戦いを演じている。

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