第298話 円環山脈(クレーター)の底 (前編)

 ネッゲル青年の虚を突いた脱走劇によりジャンクションホール(十字の形をしたサウロイドの月面基地のクロス部分の大広間)の頑強な城門ゲートが開かれると、それを好機と気づいた揚月隊は烈火のごとく進撃した。


 総勢17名の猛者は、体格的には勝るものの元来は砲術士官や基地の建築技師に過ぎない臨時徴用兵のサウロイドやラプトリアンを蹴散らし、一気にジャンクションホールに迫った!

 他方、南のC棟からはちょうどネッゲル青年を追うために20余名のサウロイド達がジャンクションホールに移動しているところであり、両者はこの三分ほど後に何もない大広間ジャンクションホールで正面衝突する事になるだろう…!



――――――

―――――


 同じ頃。

「せーの!」

 艦長の真之と管制官のマイルズは息を合わせると、ハッチに体当たりをしていた。船体に歪みができているのだろう、ハッチは手の力で開けることができなかったからだ。そう、いま――


 アルテミス級二番艦デイビッドは、ティファニー山から100kmほど北の「靜の海円環山脈クレーター」の内側に座礁している。

 ティファニー山とサウロイドの月面基地の位置関係をおさらいすると、まず直径約900kmもある巨大な円環山脈「靜の海」の中で、南西にある最高峰がティファニー山である。もっとも山脈なので全て山ではあるのだが、ちょっと他の山から頭一つ出ている‟とんがり”に名前が与えられる形だ。

 そんなティファニー山のふもとには、月が生まれてからこのかた、しか落ちなかったのだろう、たいへん幸運なを誇るジョージ平原が広がり、その真ん中にポツンとあるのがサウロイドの基地だった。


 そんなサウロイドの基地は円環山脈クレーターの外側に位置し、一方二番艦デイビッド円環山脈クレーターの内側に墜落している形だったので、彼らはサウロイドのレールガンの追撃を恐れる必要はなかった。

 山々が壁になってくれるからだ。

 もっとも、確かにレールガンは精度も射程も100kmは余裕で狙えるが(というか、レールガンの弾速は月の脱出速度を超えているので水平に撃った鉄心はマンガのように月を一周できる。つまりだ)月が小さいため、100kmというのは完全に地平線の向こうになってしまって、どんなに高精度な望遠鏡を持ち出してもサウロイド達が二番艦デイビッドを見つける事はできなかっただろう。


 つまり、もう二番艦デイビッドは完全に「ティファニー山の戦い」から脱落した状態にあった。まぁ、だからこそ彼らは、いま自分達が生き残る事だけに専心することができたのである――。


「もう一度だ!マイルズ」

 三度目の体当たりで少しハッチが動いた気がした真之は、明るい声で言った。

「わかりました。すみません、副長。ライトを持ってくれませんか?両腕で本気でやりたい」

 マイルズは真之の提案に頷きつつ、左手で持っていた懐中電灯をアニィに渡した。完全に電力パワーが落ちている船内はいま真っ暗で、ライトが照らした部分だけがクッキリと照らされている。ライトはもっと数があったが、節約のために1本だけを使っている状態だ。


「いいけど、人力でいけるかしら?」

「いや、いま動いた気がするんだ。マイルズ。やってみよう」

 そうして二人はまた、上下逆さまになった真っ暗な二番艦の船内で、ハッチを開けようとして悪戦苦闘を再開した。

 ともかく船の状態を外から確認しなければ話が始まらないからだ。


「確かにハッチが動いているわ」

 さらに3回タックルが続いたあと、アニィが言った。

「扉の外に何か砂でも降り積もっているのかしら。引っかかっている感じがするわ」

「ああ、押しかえす力がある」

「でも月面ですよ。僕らはいまスーパーマンなんだ。1トンの岩だって動かせる」

「マイルズ。タックルより足で突っ張るのはどうかな?」

「そうですね。やってみましょう」

 マイルズは真之の提案に頷いた。

 それもそう、彼らはを着ているため少し動きずらそうである。突発的な動きより、ギュゥゥとゆっくり力を加える方が得意そうだ。

「壁に足をつけて、背中でハッチを押すんだ」

「服の強度は大丈夫ですか?」

 マイルズは少し不安そうにアニィに訊ねた。副長の彼女は機器や備品のスペシャリストである。

「それは大丈夫。このファイバー、20mm程度なら弾丸にすら耐えるんだから」

「そうですか、じゃあ」

 そして真之とマイルズは壁に足の裏を、そしてハッチに背中を押しつけ「せーの!」の掛け声で力んだ。ウェイトリフティングをするような姿勢である。これは二足歩行が自慢の人類にとって、かなり力が出せる体勢だ。すると――


 グググ…! グニュウ!


 何かでハッチが外れた。

 ある一定の力を超えた瞬間、何か引っかかっていたものが折れるなり外れるなりして、ハッチは「バンッ!」と勢いよく外に吹っ飛ぶと思っていたがそうではなく、何か歯切れの悪いスライムを千切ったような感触で「グニュゥ」とハッチは持ち上がったのである。

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