第198話 チーム・サピエンスの次なる手 -発動編-


 人類サピエンスの次なる作戦は以下の通りだ。


①まず、すでに月に降着した揚月隊はその足でもって、ただっ広いジョージ平原を平原の真ん中にある敵基地に取りつく。

②しかし、視界の拓けた平原では敵のレールガン砲台の猛攻を受ける事になる。

③だから、それと同じ時刻に平原上空を通過するように艦隊の軌道を変更し、通りすがりつつ(※)艦砲射撃で敵レールガンを牽制する。

 ※滞空して援護する事はできない。宇宙だからといって浮いていられるワケではなく、艦隊は高速で月を周回する遠心力でもって高度を保っているので、足を止めたら月の重力に負けてしまうのだ。


 そして――

 その艦砲射撃に参加するのは、二番艦デイビッド(この船)と三番艦ソロモンであるという。


「艦砲射撃、本艦でやるんですか!?」

 オペレータの細い黒人青年が驚いた。ボーマン司令の座乗艦であるこの二番艦は、艦隊の旗艦なのだから後ろにいるのが普通だろう、と彼は言ったのだ。

「だってマイルズ、装備が違うからでしょう?」

 副艦長のアヌシュカ(アニィ)は溜息まじりに指摘した。

「そうだ、マイルズ」ボーマンも頷く。小馬鹿にするアニィよりはオペレータの気持ちに寄り添うように言った。「死にたくないのは分かるが、もっとも効率的な艦砲(キャノン)を持つのは本艦と三番艦だからな」


 アルテミス級宇宙戦艦(実際は宇宙船だが)は急ピッチで完成させるため、世界各地で別々に生産された経緯を持つ。

 そのため基本設計は同じだが細部が異なり、アメリカで建造された二番艦、三番艦には最新鋭のASGS120mm砲が二門ずつ装備されていて他の姉妹艦より頭一つ抜け出た攻撃力を有していた。そのためボーマンはこの二艦を敵基地への「殴り込み」に抜擢したのである。

 なお新しさで言えば、ヨーロッパが建造を担当した一番艦アルテミスが持つレーザー砲が特筆されるが、ボーマンはそれには懐疑的だったようだ。確かにこの大切な場面で最新兵器は投入し難い。もし援護射撃が無ければ揚月隊はただの的になるための特攻だ。


「だから、艦砲射撃なら本艦がやるべきだ」

 ボーマンは微笑んだ。

「そういうことよ、マイルズ」

 マイルズは、まさに「オーマイガー」というジェスチャーのお手本のように、つるつるに剃り上げた美しい褐色の頭を両手でさすらずにはいられなかった

「あ、いや…そう…そうですね!」

「そうよ」

「はい」

「うん。そういう事だ。はははっ」

 ボーマンの微笑みは笑いに変わっている。


 とそのとき。

 気まぐれな春風のように、おもむろにブリッジに重力が生じ始めた。増速と進路変更が始まったのである。ボーマンや真之などは身の回りにペンやコーヒーチューブを浮かべたまま談笑していたので、それがスゥーと流れ初めたとみるや慌てキャッチする必要があった。

「おっとと…」

「もう、しっかりしてください」

 黙っていれば良いのに、アニィはやっぱり口に出しする。

「失敬」

 ボーマンは孫娘に叱られた好々爺のように頭を掻いてはペンを壁に固定しながら

「ゴホン!では…」

 取り繕うように咳払いをしてから言った。

「本艦は第二種戦闘配置に入る。さらに20分後には第一種戦闘配置だ。ブリッジのエアを抜くぞ」

「了解」


 一気に、全員のギアが入った。

「砲塔のチェックを行え」と艦長の真之が担当者に言えば

は?」と副艦長のアニィはボーマンに訊いた。

 サプライとは現在もなお牽引しているコンテナの事である。ミサイルコンテナは使い切って破棄したが、それ以外の補給物資はまだ牽引していたのだ。これを引っ張ったまま戦うわけにはいかない。

「もちろんだ。任せる」

「では本艦は五番艦ていえんに、三番艦は六番艦ヒョードルに預けましょう。やってちょうだい」

「了解、五番艦に同軌道に入る(ランデブーする)ように打診します」

 管制官がその件は承ったようだ。

「第二戦速中です。異例ですがリーリス&キャッチ方式を提案します」

 ピッタリ同じ軌道で前後に並び、前方をいく艦がほんの僅かに減速しながらサプライをリリース、それを後続艦がキャッチするという芸当である。第二戦速中にやるのは推奨されるものではない。

「ああ構わん。君が言うなら、できるのだろう」

 ボーマンが興味無さそうに頷いくのは、クルーを信頼しているからである。彼は代わりに―――

「各艦に回線を開いてくれ」

「了解。……どうぞ」

「諸君。こちら艦隊司令のノア・ボーマンだ。手を動かしながら聞いてくれ」

―――ここから簡単な演説を行った。

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