第199話 チーム・サピエンスの次なる手 -鼓舞編-

 五隻のアルテミス級宇宙戦艦(実際は宇宙船)で構成された艦隊は、増速しながら月の裏側へと向かっていた。その目的は、大急ぎで月をグルリと周回し、また月の表側の静の海に戻ってきては敵基地へと突撃する揚月隊を艦砲射撃で援護するためである。



「各艦に回線を開いてくれ」

 その艦隊の旗艦、アルテミス級二番艦「デイビッド」のブリッジでは司令官のボーマンがマイクを握っていた。

「了解」オペレータが応じ、パパッとキーボードを叩く。「……どうぞ」

「諸君。こちら艦隊司令のノア・ボーマンだ。手を動かしながら聞いてくれ」

 そう言って、ボーマンは簡単な演説を始めた。

「これから我が艦隊は人類初となる宇宙海戦を行う。小規模ではあるが『サラミス』『トラファルガー』『ミッドウェイ』それぞれの戦いがそうであったように……」古代、中世、近代と著名な海戦を並べるまでは良かったが、艦長の真之のゆかりで「ミッドウェイ」の名前が出てしまった。言ったあとで日本人クルーの士気を考えるなら失敗だったと逡巡したが、そんな下らない理由で憤慨するほどの愚か者はいないから、まぁいいか、とボーマンは続けた。

「この『静の海』の海戦も歴史の転換点となるような戦いになるだろう。ま!wikipediaに残るのは間違いないぞ。映画化されるなら私の事はアダム・ドライバーが演じてほしいな」

 どっ、とクルーが笑った。

 宇宙艦隊といっても、たった五隻(本来は六隻だったが四番艦はすでに轟沈)であり、しかも乗組員は各艦で8人ずつしかいないため、だいたい一クラスぐらいの規模なのだ。みな顔見知りでアットホームな雰囲気である。

「だが、自重と恥じらいを捨てて言わせてもらえば、それらの歴史上の戦いなんかより今回は大事おおごとだ。いや、比べるまでもなく重要だ。なぜなら今までの戦いは、ある視点から言えばだとも言えてしまうからだ。――どうしてかって?それは。そうだろ?人間同士が戦っているんだぞ。という事はつまりになるんだ」


――その戦いが人間と人間のものなら、勝敗は最初から分かっている。

――敗者は、人間だ。


 シンプルな言葉で構成された良い文句だ。下らない謎々の体をした含蓄あるフレーズである。


「‟神は天にあり、世は事も無し” ……神の視点からいえば人間同士の戦いは不毛そのものなんだな。だが、今回は違う。そうだろう?今回は人類が初めて勝つかもしれない戦いなのだ。単独勝者は気分がよいぞ。これは爽快な戦いになるぞ! ――さぁやろう、諸君。みなの健闘に期待する」


 真之は舌を巻いた。

 ボーマンがこう多弁を振るえると思っていなかったからだ。

 奇妙な言い回し、あえて稚拙な表現、語弊を含む断定は、ポップソングのサビの前の不響和音のように効果的な違和感(ストレス)になり、最後の「健闘に期待する」を高みへと導いていた。シンプルに言い換えれば、美辞麗句を並べただけの無味乾燥な演説ではなかったのだ。


「では、旗艦艦長、石田真之君に代わる。艦長」

 マイクを直接渡されたわけではないが、少し陶然としていた真之は慌てて自分のデスクのマイクに飛びついた。

「か、各艦いいな!第二種戦闘配置。いまから約30分後に戦闘を開始する。大本営ちきゅうに通達」真之は続けた。「続けて、本艦と三番艦はさらに900秒後に第一種戦闘配置に移行。艦内のエアを抜くぞ、準備しろ。それと…時刻の同期も行う。アインシュタインの相対性理論いたずらが効いてくる速度になっているはずだ」

 真之は言った後で、副艦長のアニィに目線をやった。その目が「言い足りてないことある?」というコミカルなものであった。

 アニィは思わず吹き出して、それから口パクで「大丈夫よ」と頷いてやった。

「よ、よし!では四番艦エーツーの敵討ちといこう」


 こうして――

 揚月隊を艦砲射撃で援護するための艦隊作戦が発動した。

 ちなみに「宇宙から月の拠点を撃つ」という艦砲射撃は人類初であるのは言うまでもないが、「海から陸の拠点を撃つ」という広義の意味での艦砲射撃は実に43年ぶりの事でもあった。なんと1991年、湾岸戦争の際にアイオワ級三番艦ミズーリが艦砲射撃を行っているそうである。

 約半世紀ぶりに場所を宇宙に移して艦砲射撃が行われるというのだから、もう時代を逆行しているのか進んでいるのかよく分からなくなってしまう事態だ。

 さらにちなみに、ミズーリは戦艦大和の同級生で古代兵器タイタンの末裔と呼べる存在で、その主砲の火力はこの2034年就役のアルテミス級二番艦デイビッドのそれの約460倍という驚異的なものである……計算上は。

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