第197話 チーム・サピエンスの次なる手 -おさらい編-

 宇宙艦隊の旗艦であるアルテミス級二番艦デイビッドのブリッジでは、すでに月に降下した揚月隊との連携についての議論が交わされていた。


「SAL、針路計算は?」

 ボーマン司令が訊くと、操艦をサポートするスーパーコンピュータのSALが流暢な言葉で答えた。

「はい。これより5分以内に針路変更の指示を頂ければ約30分で月を周回して一秒のズレもなく、ノリス少佐の求め通りに21:33(フタヒトサンサン)にする事が可能です」

「敵基地の上空に!?艦体を晒すのですか?」

「そうだ」


――――――

―――――


 人類側の作戦の全容を記述したのがかなり前なので少し、おさらいを加えたい。


 そもそもだが、月隊は文字通りサウロイドの基地にする事を目的にした部隊である。

 その目的のためにまず彼らは、サウロイドの基地を守るレールガンの死角となる地平線の向こうに降下棺チェンバーと呼ばれる船で着陸した。そこから徒歩で基地を目指すという作戦である。途方もなく聞こえるが、月は小さく地平線の向こうまで歩くといっても大した距離ではないのだ。

 そして、移動中の彼らをレールガンから守るのは天然の塹壕ムーンリバー渓谷である。靜の海クレーターを作る円形の大山脈の中でも最高峰の一つに数えられるティファニー山の裾野あたりに生じ、ジョージ平原へと注ぐ割れ目が、そのムーンリバー渓谷だ。

 揚月隊はその渓谷の中をレールガンに脅かされる事無く安全に(皮肉にも実際はそこを機械恐竜に奇襲されたのだが…)進み、最終的にはジョージ平原と接続する渓谷の端まで到達する――という算段だ。

 その渓谷が終わる地点では、谷の両壁は人間の背丈ほどまで低くなっていて、もう塹壕の役割をしない。眼前には広大なジョージ平原が広がり、平原の真ん中にはポツンと敵の基地が見える事だろう。


 一歩で進めばレールガンの射線が通る地点…。

 そんな場所に揚月隊が到着する時刻というのが例の21:33だというわけだ。

 そして揚月隊のノリスは、その時刻にジョージ平原の地上と上空で合流ランデブーせよと要請を出してきた。

 このが意味するところとはつまり―――


「各艦、進路変更。増速開始」

 ボーマンが真之に下命した。

「了解!」

 旗艦の艦長への指示はすなわち艦隊全体への指示である。

に応じる。三番艦ソロモンと本艦で地上にを行うぞ」


―――つまりそう、援護射撃をせよ、という事である!


 揚月隊が基地までの3kmの平原を間、敵のレールガンへの牽制として艦砲射撃を行うというのである。宇宙艦隊はミサイルを使い果たしてしまったから、もうキャノン砲しか残されていないのだ。しかもであるから直接、敵基地上空に侵入して殴り合わなければいけないのである。

 これではっきりするところはこの作戦自体がはなっからKamikazeであり、地球側としては今回の運用データを元に新たに宇宙艦隊を建造する気だという事だ。運用データ回収のための仮設の先遣隊が、さらに敵の情報も持ち帰ってくれたら万々歳ラッキー……というのが地球のスタンスであるので、ボーマンが「揚月隊が敵の基地に取りつくのを援護するため、旗艦自ら敵レールガンと撃ち合う」という一見無謀な提案しても大本営ちきゅうが反対するはずもなかったのである。


 ……という裏事情ま頭が回らなかったオペレータは

「か…艦砲射撃って、本艦がやるんですか…?」

 もう一度、恐る恐るボーマンに確認した。ヒョロリと背の高い黒人の若者で、武闘派というよりはデジタルインテリ風である。

「あ、いやいや!」彼は、死ぬのが嫌だというのではなく旗艦である本艦が直接戦闘を行うのか、という意味だと補足した。「危ない事は他にやらせろ、という意味ではありませんよ」

 

 彼の言うとおり直接、艦体を晒して撃ち合うので撃破される確率は……まぁ…低くはないだろう。

「バカねぇ。マイルズ」

 アヌシュカが苦笑した。度胸が据わっているのか、あるいは少し精神が参っているのか分からないが、ともかく今の彼女には一切の恐怖が無いようだった。

「アルテミス級は姉妹艦。たしかにとしての構造は同じだけど、が微妙に違うって知っているでしょう?」

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