第366話 第六の勢力(後編)

 謎の原因(誰かがのこした?)で出来た月の地下の大空洞…。

 地上からは直径6mほどの縦穴を、40mも真っすぐに降りた先にその空間は広がっていて、断面図で言うと非常に口の長い壺のような形になっていた。

 縦穴自体は人類が掘削したため機械的なキレイな円柱である一方を、地下空洞はに出来た空間に見え、天井は(光源がブルースが持つ1門のライトしかないので現時点では見えないが)ゴツゴツとして、地面は起伏があるというほどではないが、砂漠のようにうねっていた。この地下空洞を超常現象ミステリーにさせているのは――

 にできたようにみえる、という点だ。

 そう。月には風化がない。

 完全に星には地震も風雨も火山も無く環境変化など起きないはずなのだが……と人類は(そしてそれより前はサウロイドは)不思議がってこの地下空洞の調査を行っていたわけだが……

 しかし、ブルースは気づいた。人類のどんな偉大な科学者より先に、この「月に長期滞在者の健康を管理するための運動理学士トレーナー」の男は気づいたのである。

 そもそものだ――と。

 理由や原理は分からないが、月の地下には第六勢力いきものの根城がある!


――――


 ブルースはそう確信した。

「はぁ…はぁ…」

 槍を使う蟻人間を5体も倒し、そのあとで刀を使うクワガタ人間と対峙すれば「方法は分からないがが月に進出している」と気づくのは必然と言えよう。

「遊んでいるのか、クワガタ野郎め…」

 彼は自他のためにも何としても生き延びねばならなかった。これを第一勢力じんるいに伝えねばならないからだ。

 しかし眼前のクワガタ人間は単純に、そう単純に強すぎた。

 もちろん前述の通り遅れた文明なのでを使うほどなので、武装が整っていれば勝てない事はないだろうが、いま彼が持つのは小さなナイフか、あるいは散乱している蟻人間が落とした槍だけだった。とても一対一では勝てない…!


 と、そんなときだった。


〈もらった!!〉

 上空から、いや!

 この地下空洞の天井を貫く縦穴(人類がリフトく通すために開けた縦穴)からプレデターの娘が飛び降りてきて、そのままライダーキックをクワガタ人間に浴びせたのである!

 あの後、人間の言葉を解析しブルースの「地下に別の知的生物がいる」というトランシーバーの声を理解したナオミは、地上の狩猟目標:甲(人間の男)には目もくれず、新たな狩猟目標を求めて地下に飛び降りてきたのである。

 控えめに言って


〈死ねぇぇ!!〉

 音で言うとジョルワー!といったプレデター語でそう叫びながら、ナオミは左足を前に突き出して全体重をかけつつ跳び蹴りをかます!

 クワガタ人間はそんな頭上からの奇襲に間一髪でそれに気付くが、体全体を回避させるのは間に合わないと見るや、例の折り畳んでいた背中の腕もバッと前に出し、左右2本ずつの腕で刀を掲げてその蹴りを受けた!

 納刀したままだったおかげで、柄(グリップ)の部分を二つの右手、切っ先を二つの左手でガシッと掴み、鉄棒のように力強く地面と平行に掲げる事ができた。ブルースとの闘いの中で刀を鞘に収めたまま、木刀として遊んでいた事が彼にも幸いした形だ!


――っ!!

 クワガタ人間には声帯が無いのか、インパクトの瞬間にはナオミは〈っんぬっ!!〉とうめいたが、対照的に彼は無言だった!

 ただ、第三者的にこの超人同士の激突を見たブルースは、言いようのない覇気のようなものがブワッと球状に広がったのを感じた。真上からライダーキックをするプレデターの娘と、その蹴りを刀の鞘で受け止めるクワガタ人間の構図は一瞬の出来事であるはずなのに、二人の覇気がカメラのフラッシュとなってブルースの網膜に焼き付きを起こしていた。


 ボフゥ!!

「くっ!」

 クワガタ人間が踏みしめていた月の土レゴリスの地面は、インパクトの瞬間にボゥッ!と粒子を巻き上げた。生まれてから一度も外界を知らなかっただろう月の地下空洞の地面は、ゴツゴツしているように見えても‟麩菓子”のように脆く、クワガタ人間を通して間接的にナオミのライダーキックの運動エネルギーが伝わると、粉々に砕け散ってしまうのである。

 モクモクと土煙が舞う…!


――どうなった!?


 ブルースもまた猛者であり、驚愕ばかりはしていない。レゴリスのもやの奥、2人の宇宙人のその後を探った!肩部のライトは片方が故障し一門だけでは地下空洞の深い闇を払い退けられず、それがなんとも歯がゆい!

 と!

 一呼吸ほどの沈黙が広がったあと、そんな泥水のような闇の向こうで何かの影がゆらりと揺れたかと思うと、次の瞬間キラリと銀色のマスクが彼の視界に飛び出してきた!その銀のマスクはあまり視野の下の方、地面スレスレに闇を払って飛び込んできたため、それが顔であることをブルースは最初、分からないほどだった。

「むっ!!?」

 おそらくこの「銀のマスクマン」は、クワガタ人間に跳び蹴りを弾かれたあとゴロンと地面で受け身を取り、そこから間髪おかずにビーチフラッグの要領で立ち上がって、安全な間合いをとるべく身を低く(クラウチングスタートのように)駆けたのだろう!

 

 一方、銀のマスクマンことナオミの視点では

〈止められるただと…!〉

 クワガタ人間の強さにただただ驚愕していた。

 彼女はいったん安全な間合いを取るべく、受け身を取るやヒョウのように手も使って走り出してダダダッと5、6歩の俊足を見せた後、今度は一転、土煙を巻き上げながら急ブレーキをかけた。

〈これは…虎の子プラズマの出番だな…〉

 ナオミは、スパイダーマンのような片手も地面につけた3点ポーズでブレーキを掛けながら、そうニヤリと笑う。

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