第36話 五里霧中(後編)
にわかに廊下が騒がしくなったと思うと、半狂乱のラプトル・ソルジャーが殺到してきた。
そう。エースに伝令を頼まれた、あの彼であった。
ラプトリアンには緊急時にだけ使う祖先から引き継いだ原始言語があるのだが(「集まれ」とか「敵がいるぞ」とか「助けてくれ」といったものだ。カラスの鳴き声に近く彼らは本能的に出てしまうらしい)それを使って、どけ、危ない、と咆哮している。
これは、ただ事ではない。
『どうした!?』
扉の前に陣取る副司令が制すがそれを無視して、
『レオ指令!』ラプトルソルジャーはレオに叫んだ。
これも、ただ事ではない。
『いまは忙しいのだ!』副司令は片手で、そのラプトルソルジャーの肩を押し下げた。と――!
『危ない!』
ラプトル・ソルジャーは片手で副司令の手を払いのけつつ、右手に持った‟それ”を自らの体でかばった。
『なんだ、それは!?』
『この液は、毒液なのです!これは証拠です、エイリアンの!』
『なに…!?』
『体じゃありません、尻尾です!そう、体のごく一部です!』
誰もが絶句した。
レオさえも言葉でなかった。彼は椅子座りつつ腰から上を捻る形で振り向いて、そのエイリアンの尻尾とやらを自らの目で確と見たが、次の言葉が出なかった。
どうしろというのだ――!?
『補正完了!いけます』
背後の騒ぎに惑わされる事無く、一心不乱に天体望遠鏡をカメラに転用しようとキーボードと格闘していた下士官が叫んだ。本来はX線を観測するための望遠鏡の波長帯域を強制的にズラすという臨時のプログラムを組んでいたのだ。
『どうです!?』
パーン、とENTERキーを叩くと彼は面を上げ、皆に見える大きなモニターを見上げた。彼自身もここで初めてプログラムが正しく動くかの結果を見るのだった。
まるで愚昧な鶏の群れのように、全員の視線がエイリアンの尻尾から、今度はモニターへと移った。
――!?
それは、正しく機能していた。
モニターは、サウロイド達に見やすい近紫外線でA棟に上陸したという敵の姿を映し出していた。本来は遙か遠方を見るための天体望遠鏡をハッキングした映像だ、輪郭はだいぶ滲んでいたが敵の姿はありありと見る事ができた。
『アイツだ!』
誰が言うでもなく、誰かが叫んだ。
そうだ、それはA棟で暴れ回っていたという‟アレ”の成熟体…。この尻尾の本体…。地球の道理を無視した生命体。和睦の余地のない宇宙人…!
そうだ、あれは――
『エイリアンです!』
――!
この瞬間、全てを悟ったレオは、バカめが、と自分自身に激しい怒りをぶつけた。
蒙昧であやふやな「外部センサーが反応した」という言葉に惑わされて、外からの攻撃と思い込んでしまったのだ。この前哨基地の存在をこちらの世界の知的生物が許すはずがない、いつか襲来するはずだという潜在的な恐怖がレオの判断を狂わせてしまった。
――しかし、こちらの世界の連中は何をやっている…!
レオはあまりの不甲斐なさに、怒りの矛先を人類へと向けた。理屈は通らないが分からなくはない。怒りは荒川のように流れる先が必要なのである、それがなんであれ。
レオの怒りは波濤となって人類へと叩きつけられ、それから山火事の後に新芽が芽吹くように冷静になった彼の心にふと別の考えが浮かんだ。
――いや…?月面に実戦部隊を送るほどの科学力を有していないのか…
レオの推測は半分当たっていて、半分間違っていた。
ここで少し、人類サイドの話をしよう。
この世界の霊長であり、サウロイドの最大の脅威である彼らが、いま何をしているのかを…。
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