第35話 五里霧中(前編)

『す、すでに基地に上陸されています!』

『何だと!?』

 ホール監視室は狭く部屋に入れず、開け放たれた扉の外の廊下に立たされていた副司令である。

 いや、廊下に並んでいた全員が仰天し恐怖した。

 衛星監視用のセンサーが反応したという一報目によって、皆こちらの世界の(つまり人類の)宇宙船が近づいてきているものだ考えていた。そしてセンサーの有効距離を加味すると、その距離は少なくとも数万キロは離れていて到着までに数時間の猶予があるものだと思い込んでいたのだ。


『なぜ気付かなかった!』

 副司令のサウロイドが続けざまに叫んだ。叫ぶしかなかった。

 足は廊下のまま、エレベータの扉のような重厚な引き戸になっているドアの境目を掴む形で、堪らずに狭い室内へと身を乗り出した。

『基地内ですか?』

 レオがすぐさま、火を消さんばかりの冷静さで言い放った。

 なぜかという、いま議論すべきではない無駄な質問に下士官の頭のリソースを使わせたくなかったのである。レオはこの副司令に一目置いていたが、彼は戦闘のみで才能を発揮できるタイプの純粋な武人だったのだ。

『いえ、まだ外壁です!基地の外壁チェック用に使うサーモグラフィをハッキングして確認したのですが…たぶん…発電室の外壁あたりにいるようです!』

 また…A棟か、とレオは一瞬怪訝に思った。

 今まさに、彼らを窮地に立たされているのはA棟の発電室がダウンしている事に起因する。

 だが悩んでいる余裕もない。

『MMECのマス(弾丸)は、Fe300を装填』

『了解!』

『映像はなんとかなりませんか』レオが言うと

『そうだ、敵の戦力が知りたい』副官も続いた。もっともである。

「どうだ?』

 一人の下士官が、もう一人に言った。彼はレールガン(MMEC)への不正規ルートでのアクセス…つまりハッキングで手一杯なので、顔や目線は向けず声色だけで相棒に向けて、どうだ、と聞いた。

『それをやっていた。もう少しだ』

 二人はあうんの呼吸である。

 ラプトリアンの指は強靱なものの3本しかない。それを凄まじい速さで動かし、ギアキーボード(この興味深い器具については後で語ろう)を操作している。


『出ます!モニター2に出します』その下士官が言った。言葉は被命令者のそれだが、なんとも頼もしい。『D棟の天体望遠鏡からの映像です』

『天体望遠鏡?』

『そこしか突破できませんでした』

 自らの基地の機能をハッキングして制御しているのだから仕方あるまい。


 ゴゴゴ…。

 建築中のD棟の先行稼働状態にあった天体望遠鏡は、蛇が自分の体を観察するように首をもたげ、天体望遠鏡としては本来ありえないマイナス角の視野を映し出した。(たぶん関節部は予期されない動きに故障しただろうが、よく耐えている)


 モニター2には、まずワケが分からない映像が出た。

 もとは天体望遠鏡だ、倍率が高すぎるのである。下士官が忙しく操作を続け、本来の使い方と逆に倍率を下げた。


 そうして映し出された映像で

『なんだ…!?』

 と廊下からどよめきが走った。まだ映像は判別できたものではなかったが、A棟の外壁で何かが動いているのが確かに見えたからだ。

『さらに補正できるか、やってみます』

 この天体望遠鏡は元来、X線望遠鏡であった。すでに補正して500オングストロームほどの波長まで見えるようにしているが、紫外線を見える彼らの目でもさすがに良く見えなかったからだ。

 一方。

『MMEC、まもなく準備できます!』

 もう一人の技師が少しの安堵を含みつつ叫んだ。

『よかった』レオが簡単に労った。と、そのときだった。


 にわかに廊下が騒がしくなったと思うと、半狂乱のラプトル・ソルジャーが殺到してきた。

 そう。エースに伝令を頼まれた、あの彼であった。

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