第167話 テクノレックス(前編)

 ムーンリバー渓谷を天然の塹壕にして、行軍を続ける人類の揚月隊…。

 彼らは自分達の頭上の渓谷のふち、つまり崖際に敵が息を潜めているとは思いもしなかっただろう。


 ましてその敵というのが、恐竜人間サウロイドだとは予想だにしない事だったろう――!


――――――


『オーケー、Bの402だな』

 エースは崖下をゾロゾロと歩くじんるいに見つからないように中腰のまま、彼の周囲に忠犬のように環を作って伏せている機械仕掛けのラプトルテクノレックスに近寄った。そしてその顎を「よぉしよぉし」と愛撫して上を向かせ、喉から顎にかけて隠されていたコンソールを露出させるとB-402と指で入力した。


ビビッとテクノレックスの目が光り、AIの設定が承認された事を伝える。

B-402はエンジニアによれば「帰還を捨てたを基軸に、殲滅よりは被害を拡大させる事を主眼としたAI」という事なので、このテクノレックスとはになるだろう。


――まぁ、仕方ないことさ。

 エースは機械に感情移入をしない性質たちだった。打ち捨てられた客船を見ても何も感じないタイプの人間である。

(…いや人間ではなくサウロイドだが)



『それから大尉』ヘルメット内のスピーカー越しにレオが言った。『大前提として、未知の敵生物(にんげん)の写真を持ち帰る任務も忘れずに』

『了解』

 二匹目のコンソールをいじりながら、レオの口うるささに辟易しながらエースが応えると、そこに別の人からの声も混ざった。

『あ、あと大尉!こちら兵站部のハマです。改修したTecアーマーの試験運用という任務も…よろしくお願いします』

『ああ』

『あと大尉!』さらに別の人間だ。『こちら技術部のラライです。同じく、改良型フレアボールの試射もお願いします』

『はいはい、わかりましたよ!』

 エースはいよいよ苦笑して、宇宙と空の区別が無い月の地平線を溜息交じりに眺めた。

『テクノレックスの面倒を看て、新装備のチェックもして……未知の敵を奇襲した上で、敵の頭数を減らして……かといえば戦うけど写真も持ち帰れと……ね。やれやれシンプルなゲームじゃねぇな』

 エースがさすがに不平を漏らす。しかしそこで間髪おかず――

『大尉ならできます!』とレオが言った。

『……!』


 実はこれはゾフィを含めた三人にしか判らない冗談になっていて、何かの大変な依頼をしてから極めて軽妙に無責任に言ってのけるのが、幼馴染としてのの一つだったのだ。


――ゾフィがさ、遊びに来るなら図鑑持ってきて、だって。

――あ、いいよ。何冊?

――うーん、全部。

――ふざけんな。

――お前ならできる!


 エースの中で幼少のある日がフラッシュバックした。


『…やれやれ』

 格闘術や戦術論も記憶スキルだとするなら……その在りし日の記憶はいま役に立つものではなかったが、同時に決して無力であったワケでもない。その儚い光フラッシュは確かに彼の心を暖めていたからだ。

『言ってくれるぜ』

 エースは微笑みながら四匹目のテクノレックスの顎の下のコンソールを閉じると、その7000万年も姿が変わらない傑作生物(ヴェロキラプトル)を模した機械人形の頭をポンポンと叩いた。

『さぁ…! いくぞ、相棒』

 そして彼はに先回りするため、崖に沿って走り出した。また四機のテクノレックスも彼に続いて美しいフォームで疾走する。

 ガシャン!ガシャン!ガシャン!

 ここに空気があったなら、さぞ小気味良い音でなっただろう。


 そんな彼らの狙いは前述の通り―― 奇襲。


 ムーンリバー渓谷で最深の10mを記録する地点で、左右を壁で囲まれ密集して動きが遅くなった敵部隊の頭上から奇襲をかけようというのである!

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