第166話 サプライズアタックにうってつけの日
ムーンリバー渓谷の崖の上に伏せて、息を潜めているエースの眼下ではこっちの地球の霊長…つまり人類の一団が真っすぐサウロイドの基地を目指していた。
狭い谷底を70名がぞろぞろと進んでいる―― 奇襲するにはうってつけの立地である…!
『レオの言う通り、今を逃せば』ゾフィが言った。『渓谷を出た彼らはジョージ平原に突進してくるわね。興奮したメガロケラトプスのように』
それは司軍法官としては豪快なまでの越権行為だったが、未知の
『……むぅ…ん』
エースに
ここでダメ押しというばかりに、エースが副司令に助け舟という名のキラーワードを出した。
『索敵という意味では……敵の戦闘力を見る事も重要では?副司令』
『……そういう見方もできるな』
ついに副司令が白旗を上げた。
『そうね!』
ゾフィはエースと副司令の男の面子のやり取りを知って知らずか、ともかく一件落着した事を祝福するように騒いだ。
『アナタの言う通り、ちょっと小突いてみるのも良さそうだわ!』
『ああ。そうだろ』エースも乗っかる。『反撃を受けてみれば敵の力量も計れる』
『ええ。そして案外、弱いかもしれないわ』
『だな。
『そうね!やっておしまいなさいな』
『いやいや、ゾフィさんよ…』しかし、さすがにエースは苦笑した。『お前はもっと心苦しそうに言えよ。戦うのは俺なんだぜ?』
『
『やれやれ、久しぶりだってのに。酷いじゃないか?』
そんなロンとハーマイオニーの会話が続こうとしたが、幼馴染三人組の最後の一人のレオだけは大人に戻ってピシャリと言い放った。
『司軍法官、ご意見ありがとう。あとの指揮はこちらで執ります』
誰が笑っているわけではないが、司令室の全員に笑われているような気持ちになったレオは、そのきまり悪さを断ち切るように立ち上がった。サウロイド世界では年齢と貫禄は人類よりは切り離されていたが、それでも年若い彼としては舐められたら終わりなのだ。
レオは司令室の全員に睨みを利かせながら続ける。
『大尉のTecアーマーは未調整であり、テクノレックスも初の実戦投入になりますが…。しかし!この機を逃しては全員が危険になる』
その演説の論拠は全員が危険だから…という情けないものであったが、一定の説得力はあった。
それから、全員の目が頷くのを確認したレオは『では――』と格式ばった間をとってから命令を下した。
『では――大尉、戦闘を許可します。目標はムーンリバー渓谷を行進中の歩兵中隊。側面をついて奇襲を行ってください』
奇襲―― 太古より未来永劫、最強の戦術だ。
『
『大尉は、4機のテクノレックスの指揮が主任務となります。……テクノは使い捨てて良い』さすがにこの指示には「え?」という空気が司令室に生じたので、レオは補足説明をした。『…どちらにせよ、まだ試作段階で基地内では使えないのです。いま使わずにいつ使いましょうか…!』
『了解』エースは(我々の世界で喩えるならばルパン三世か大泉洋のような口調で)飄々と言った。『ぜひ役立ってもらいましょう!』
そのエースの言い様が面白くて『アハッ』とゾフィが屈託なく笑うと、レオも釣られて口元が緩みそうになったが何とか平静を維持して続ける。
『で、そのテクノレックスの設定ですが……』
『Bの402で良いでしょう』
後席にいるテクノレックスのエンジニアが応えた。羽毛に艶が無く、しゃがれた声の年老いたサウロイドだった。この種族にあって年齢が見てとれるという事は200歳は超えているだろう。
『帰還を捨てた特攻を基軸に、殲滅よりは被害を拡大させる事に主眼に置いたAIです』
『よろしい』
『と言いますのも…。統計的に見て、殺してしまうより負傷者を抱えさせる方が―――』
『士気も行軍速度は低下しますね』
レオは、申し訳ないと思いつつも、この老エンジニアの話が長くなりそうなので言葉尻を奪うと会話の球をサッとエースに投じてしまった。
『聞こえましたか?大尉?』
『オーケー』
『聞こえたぜ』
彼は腕立て伏せの要領で体を起こすと谷底をゾロゾロと進む敵の一団に見つからないように中腰のまま、彼の周囲に忠犬のように環を作っている機械仕掛けのラプトル達の一機に近寄った。そして――
『ほーら、いい子いい子』
まるで犬の顎の下を優しく掻いてやるようにすると、促されるままに機械仕掛けのラプトルは上を向き、そのチタン製の顎の裏側に隠された外部コンソールを露出させた。
『B-402、だな』
エースは、ちょうど固定電話ほどのサイズのプッシュボタン式の堅固なコンソールを操作し、B-402と入力した。
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