第188話 ヘモグロビンとヘモシアニン
手負いのエースを二人の
いや「割って入った」などという穏やかななものではない。大惨劇である。機械恐竜は敵の一人の足を丸々と食い千切ってしまったのだ。
鮮血がミストのように吹き上がり、細かな細かな氷になって周囲に降り始める。そんな赤い霧の中、エースはもう逃げる事を辞めて……
『クリムゾン、GO』
たった一言、もう一人の敵も殺すようにテクノレックスに命じた。
自律制御なのでSTOP以外の指示に意味が無いのは知っていたが、彼としては自らが口にすることで咎を背負ってやる義務を感じたのかもしれない。
そんな主の複雑な
『……』
数秒の間があった。エースの視界からは「うわぁぁ」という悲鳴の代わりにババッとライフルが2,3発接射された火花が見えた。まるでガブリと猫に咥えられた鼠が身を捩って猫の髭の辺りを虚しく噛み返すような火花であった。それから――
ブシャァァ!
また新たな血の間欠泉が吹き上がる。月の無気圧が人の体内から血を吸い出すため冗談かとも思える高さまで血は吹き上がりるのだ。
こうして地獄の光景が月面に作り上げられた。赤い霧は地球光の青と混じり合い、得も言われぬ不気味さを醸し出していた。よくよく考えてみれば月の土壌にはどんな微生物も生きていないワケであり、一切の命を許さないこの瞬間、この場面はまさに地獄と呼ぶにふさわしい。(エヴァの碇ゲンドウが居たなら「原罪の穢れ無き浄化された世界」と言うだろう)
『はぁはぁ…』エースは赤い霧の中で息を整えた。『司令室、やったぞ』
『間に合いましたね?』通信機越しにレオが、機械恐竜の援護が間に合ったか、と訊き返した。いつもの「ですます調」に戻っているのは幼馴染が無事であったという安堵の証である。
『ああ。ギリギリだったがな』
『安全ですね?』
『二体とも倒した、クリムゾンがな』
『噛みついてか?』
今度の質問は副司令である。
『あ?ええ、そうです』エースは一瞬困惑したのち、大尉として応答した。しかし司令のレオにはべらんめぇ口調で、副司令には敬語というのはおかしなものである。
『で、様子は?つまり戦闘の…効果は?』
『一撃でした。ガブリッと一噛み。敵の月面服は本当に服です。防御力は無いと見えますね。あ、あと…』
『どうした?』
『いま、赤い雨が降っています』
『は?』
副司令は困惑した。
確かに場面描写が無く、敵の正体も知らずに音声だけで情報を受け取っている司令室の面々は何を言っているのかわからないだろう。
『赤い雨?』
『ええ、つまりそれは私が思うに…』
エースはなぞなぞの答えを言うようにもったいぶる。
『ヘモグロビン?』
問題の回答者は、司令室で暇を持て余していた司軍法官のゾフィであった。雑談に近いとはいえ作戦中の会話に割って入るのは越権行為だが、彼女は気にしない。
『正解!という事は敵は…』
『エース、あなたバカね。魚類も哺乳類も私達と同じように血は赤いのよ。血が赤いってだけじゃ敵の正体のヒントにはなりはしないわ』
『え、そうなのか!?』
『青い血(ヘモシアニン)を使っている動物なんて超レアよ』
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