第187話 ラッセンもどきなる光景

『レオ!もういい!MMECレールガンで援護してくれ!』

 ブースターで追いすがるサピエンスを振り切れないと悟ったエースはマイク越しの司令部に向かって叫んだ。

『見えてんだろ!?撃て!』

『射線は通っているが‟無駄”だ』通信機越しにレオが応える。

『火力がありすぎるってことか!?』

『いいから黙って走り続けていろ。偶然にしては方向はバッチリだ』

『あ!?』

まであと5秒。4…3…』エースはまだ困惑を続けていたが、通信機越しにレオが突如にしてカウントダウンを始めると、ようやくその意味を悟った。

『接敵…?ああ、そういうことか!』

 エースは走りながら首だけをグルリと150度ほど捻って(サウロイドは鳥類なので首が良く回るのである)後方を確認した。

『ああ…』その一瞬、アドレナリン過多から一転しての安堵で、彼はもう陶然となって背後の光景を目に焼き付けた。『なんでだろうか、すっかり忘れていたぜ…!』


 全てがスローモーションに見えるまでドライブした彼の脳と縦長の瞳孔が捉えた光景は、もう陳腐に片足を踏み入れたのようであった。

 昇りかけの地球と、その光に照らされて青く染まる月の大地…。

 鋭角な光によって全ての影は長く伸び超常の風景を作り上げている。視野キャンパスの右側には、自分達に似ているようで似ていない不気味な容体をした2体の知的生物が、死神のように中空を舞いながら彼に追いすがっている。逆光で顔は見えず、2体のうち1体は彼ら独自の武器を構えようとしていた。

 しかし特筆すべきはキャンパスの左側だ。キャンパスの左奥からは猛烈な土煙を上げながら突進してくる機械恐竜テクノレックスの姿があったのだ。そう彼が救援に呼んでいた、あの最後の一機が間に合ったのである。彼にはまるで月の地平線が善悪を線引きしているように、宙に浮く2体の死神と地を這う機械恐竜は対を成しているように見えた。


『ハァ…ハァ…ハァ…』

 彼の視野の中で超スローで動く三者、イイモンとワルモン。

 それぞれの運動方向はキャンパスの手前、つまり観測者エースのすぐ背後のある一点で交差するようになっていて……

『…ハァッ!』

 エースが瞬きをしたその刹那、氷漬けになっていた時間は一挙に動き出して息をも吐かせぬ間に三者は大クラッシュに至った!



 エースはそのとき、意味もなく機械恐竜テクノレックスの名前を叫ぶ!

『クリムゾン!』

 機械恐竜はフリスビーを追う良く訓練されたボーダーコリーのように、ライフルを構えようとした死神の一人に向かって跳んだ。そして、その不意打ちの形で無防備な彼の右足を腿の辺りまでガップリと噛みつくと、頷くようにして首を縦に振り下ろし、死神かれを天から引きづり降ろしたのである。

 ガシュ!!

 強力な首の筋肉(動力機)に振り回された男の体が弓なりになったのは一瞬で、次にはなんと足が千切れてしまった。

 ぎゃあぁぁぁ――という声は周波数が違うためエースには聞こえなかったが、目だけでも十分に聞こえる断末魔である。

 気圧差の助けも借りて、悪い冗談かと思うほど血液が勢いよく吹き出し、周囲を赤く染める。エースはもう逃走する事を止めてスクッと立ち尽くしその光景を眺めており、一方、死神の一人は動揺して攻撃どころか着地もままならないほどに空中姿勢を乱してしまった。

「うわぁぁ!」

 死神からただの男に墜とされた彼は、半狂乱になって落下しつつライフルを乱射するが、腰が抜けたその弾丸は機械恐竜の額や肩という強固な装甲に覆われた部分に数発ヒットするだけだった。

『クリムゾン、防御姿勢(待て)だ。…着地を狙え』

 エースのその非情で冷徹な言葉はしかし、哀れみを含むせいで透明に響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る