第494話 捕虜(後編)
地上に猿人間、樹上に恐竜人間という状況は、考えてみれば最初から何かが起きる事を示唆する不安定な構図だったのだ――まるで「猿の惑星」の中で馬に乗った猿が、全裸の人間を虐げているシーンのように。
『あっ!?』
言わんこっちゃない。
樹上で息を潜めていた
「やった!命中だ」
「さすがだ。スカイフット」
地上の猿人間が投じた「スカイフット」というブーメランを左の足首に受けて、その衝撃で掴まっていた木の枝を離してしまったのである!
どさっ!
彼女の体は、まるでマンモス漁のようにディオニクスを追っていた20余名の猿人間の集団の真ん中に落ちた。血に飢えた…とは言わないが、
『まずいわ!』
マリーは折れた左足さえも使って、立ち上がろうとした。立ち上がって逃げようとしたのである。
「させるな!」
もちろん大葉はそれをさせてくれない。猿人間の一人が彼女の残った右足に投げ縄をひっかけるや、縄をグイッと引き上げて彼女を転倒させた。そして、なんという手練れか彼は縄の反対側を素早く木に結び上げ、鶏を捕まえる職人芸のように彼女を捕らえてしまったのである。
オーワ(サウロイド世界のアマゾン)は彼らの森ではないが、彼らは似たような森で鍛錬を積んだ恐ろしい兵士なのだ。
「木の上だ!まだいるぞ」
さきほどは彼女の叫び声を『あっ!?』と人間風に書いたが(サウロイド勢力を主役に描いているので仕方ない)実際のサウロイドやラプトリアンの叫び声は鳥に近く、ギョエッ!という鳴き声であった。なのでそのギョエッ!を聞いた猿人間側は狩猟本能に火が付いたように叫び出した。完全にターゲットはディオニクスから、サウロイド達になっている。
もちろん、首脳陣(指揮官・宗教的主導者たる根)や、ここにはいないがゴールデンスキン)は敵勢力の斥候を潰そうという意味で攻撃を指示するわけだが……現場の兵士たちはそれどころではない。
「ほっほっ! おぉぉ!」
「うきぃー! うきぃー!」
『(ジジ…)どうした!?』
何かが起きたことを察知したアルファチーム(こちらに向かってきている)のエースは
『敵にっ! 見つかった! せ、戦闘中!』
ソニーは通信に応えようとしたが、地上から投じられるブーメランを防ぎながらではそう叫ぶのが精いっぱいだった。樹上の三人は繰り返すように枝から枝へ自由に動けるほど木登りは上手でないので、野球のキャッチャーのようにほとんど動かず、ただ飛んでくるブーメランを見極めtecアーマーの装甲部分、籠手や膝当てを押し出して防御するばかりだった。ブーメランは木製だから鋼鉄の装甲を砕きはしないが ――よく勘違いすることとして―― それだから防御ができているかというとそうではない。圧力は変わっても受ける運動エネルギーの総量は変わらないためだ。いうなれば、「ガン!」が「ドン!」に変わっただけの話である。
そしてさらには、この猿人間が使うスカイフットだ。
それは名前の通り人間の足一本の同じサイズの巨大ブーメランであり、しかも非常に密度の高い木材(エボニー?)を使っているのか重量は15kg以上もある代物で、そんなものが「ドンッ!」と当たればたとえ防具で受け止めたとしても……
『うわっ!』
衝撃でバランスを失って木から落ちてしまう!
マリーに続き、もう一人も地上に落ちた。
『ナネリ!立て!』
ソニーは落下した仲間に向かって反射的に叫んだが、もう遅いことは分かっていた。スカイフット(スカイフットを扱える者は兵種としては飛棍棒兵と呼ばれるが、単にスカイフットと呼ばれることが多い)以外の普通の突撃兵が落ちたナネリ少尉に一斉に飛び掛かったからだ。ナネリはアリの巣に落ちたバッタのように自慢の脚力で振り払おうとするが、彼らはダチョウを捕らえるアボリジニ―のように巧みにそれを躱しつつササッと縛り上げてしまう。
『逃げるんですよ!ソニー!なにやってるんです!?』
だがこのとき、ナネリが見せた最後の誇りがソニーを救う事になった。彼は左手を縛り上げられる刹那――
ボウゥ!
フレアボールを放って退路を示したのだ!
「うわっ!?」
「竜が火を噴いたぞ!」
「これだ!これが噂のレゴの一族を焼いた火だ」
「ええい!落ち着け!」
猿人間は一転、戦々恐々として攻撃の手を止めた。
おそらくここで言うレゴの一族というのは三日前に人工島で戦った連中だろう。あの戦いも色々と攻防はあったが、とどのつまり趨勢を決めたのは砲兵隊(ラプトルカノン)だったので、そのときの
『退却するなら今しかない!』
樹上に残ったソニーは、もう一人の仲間に言った。
『し、しかしどうやって』
もう一人の仲間は「マリーとナネリを見捨てるんですか」という馬鹿な返答はしなかった。今は無駄死にになるのは分かっていたからだ。
『ほら、みろ!』
ソニーが指し示すのとちょう同じタイミングでメキメキ、バサバサという生っぽい大きな音が響いたかと思うと、地球のアマゾンには無い巨木が彼らの方へ倒れて来たのである!
これはナネリの狙い通りだ。彼はこうなることを狙ってフレアボールで幹を狙ったのである。(運動方向が逆に思えるが、そうではない。フレアボールは空気砲なので運動エネルギーは無きに等しく木を押すことはないのだ。むしろフレアボールが直撃した部分が
ガァガァ!
歯鳥類が一斉に飛び上がり、オルガノサウルスが喚き散らかし森は騒然となった!映画アバターの神木とは言わないが(あれは200mぐらいありそうだ)この木も熱帯雨林では破格のサイズで30mはあるだろう!
そしてその混乱は、まさに木の下敷きになろうという猿人間の輪も例外ではない。
「根!お逃げください」
「なに見えていますよ…。あなたは捕虜を」
「承知!」
――――――
ズゥゥーーン!! パラパラ…
マリーとナネリは木の下敷きになるところを間一髪、皮肉にも猿人間によって助けられ九死に一生を得た。
そして猿人間の一団が落ち着きを取り戻し
「二匹は!?」
と樹上を見上げると、そこにはもうソニー達の姿は無かったのである。
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