第319話 裏切りの天使
いや
「…まて!SALが乗っ取られるとどうなる!?」
「乗っ取られても手動運転が優先されるセイフティはあります。が!」
「が、なんだ!?」
「そのセイフティもSALが守っています!」
「つまり…!?」
つまりSALが乗っ取られるということは、船の制御を失うことと同義なのだ。それを顕現させるかのごとく――
グワッ!!
次の瞬間、
「なんだ!?」
「二番艦のSALにコントロールを奪われました!」
艦体の右側面に配された4つのスラスターは我を失い燃料効率など考えない全力噴射を行って、クルー達の体は車が30km速度で左折路に侵入したときのように右方向に引っ張られた。特に無重力で浮いていた副艦長のクリストフはブリッジの側面の壁に叩きつけられた。いやクリストフの視点でいえば壁が迫ってきたように見えただろう!
「何かとてつもないことが起きているぞ!」
ブリッジは大混乱になった。
なにもG(慣性による疑似重力)がすごい、という話ではない。
そのGは前述の通り、車の急カーブ程度のものなので大した事はないのだが、全長60mもある宇宙船では話は別だ。宇宙船がこんなGを受ける事は離着陸の時以外では有り得ないからだ。
与圧された船内には、潜水艦に石がぶつかったような嫌な広がりを持つ音が響いた。アルテミスの背骨であるフレームが軋んでいる音である。
「なにが起きた!?」
身体的には子供向けのジェットコースターレベルだが、精神的な動揺は大きい。
「制御不能!」
ジャンの質問に、操舵手(オペレーター兼任)が振り向き際に叫んだ。
「じゃあSALを落としてしまえばいいんじゃないか!?どうだ!」
「了解! …あ、いや無理です!閉め出されました。アクセス拒絶!」
「手動もダメです。依然として制御不能」
「くそぅ!副艦長!」
ジャンは副艦長のクリストフに「なんとかしろ」と叫んだ。
「ならば電源です」
二番艦のSALが
「電源ですよ。我々のSALの電源を落としましょう。物理的にです」
「それなら可能でしょう」
操舵系のオペレータの一人も同意した。
「操艦だけなら手動でもできます」
「くそぅ…。‟2001年宇宙の旅”をやるしかないということか」
ジャンはもう何度目かの「くそぅ」を言いつつ、全員に下命した。
「総員、宇宙服を着用せよ! そして副艦長…やってくれ」
「了解。ではSALのメンテナンスハッチに行って来ます」
クリストフはとても落ち着いていて、ただただ事務的に言った。同じドイツ系のネッゲル青年と性根は似ているが、表層的な熱量は全く違う。
「…そうですね。4,5分はかかるでしょう」
そんなクリストフは最後に予想時間を言い残すと、さっとブリッジを後にした。
「4,5分か」
艦長のジャンは自席のモニター内の‟デジタル月儀”を確認する。
「何とかなります」
オペレータの言うとおり、緑のワイヤーフレームで描画された月儀の上に、点線で示された
「
「ああ…」
「ともかく! ともかく4,5分後に手動で再上昇をかければ墜落は免れます」
「ああ…そうだな」
艦長のジャンは体の緊張をとき、少しだけ効果を持ち始めた重力を御すために椅子のベルトを締める。それぞれの椅子の脇に据え付けられた小モニターの中では、
しかし……
しかし後で振り返ってみれば、むしろ全ての‟悲劇”はこの4,5分で起きるのだった。そう。裏切りの天使たる二番艦のSALは、この瞬間からクリストフに電源を落とされる4分11秒の間に、彼らがやりたい事の全てを一番艦のSALに演じさせてしまうのである。まるで神に命じられた天使が、人の世の悲哀など意に介さずただ中管理職的に容赦なく運命を押し進めてしまうようにだ。
そして、ここでいう3つの配役のうち我が物顔で神の役を演じるのはもちろん彼ら海底人のことである。なぜか人類にこの月面戦闘を勝たせたい彼らは、あのとき接収した二番艦のSALを裏切り天使として使役し、強引にゲームを進めようとしていたのだった。
――――――
―――――
そんな海底人に乗っ取られた
ハワイの天文台「スバルII」が異変を察知したのである。
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