第320話 演出 / 脚本 / 助演・・・海底人

 以前の出来事のおさらいになってしまうが――


 二番艦デイビッドが月の円環山脈クレーターに墜落しようとする最中、それを救ったのは海底人だった。

 このときクルー達はすでに脱出棺桶ポッドに避難していたため海底人の巡艦「マザーマンタ」を拝むことはできなかったが、ともかく艦載スーパーコンピュータSALを通訳として間接的に海底人との交渉を行うに至った。

 交渉の内容はご存じの通り「SALのくれたら、墜落から救ってやる」である。


 この交渉を二番艦デイビッドのクルー達は了承し、SALは人質としてデータ構造の全てを丸っとマザーマンタに旅立った(ダウンロードされた)わけだ。AIとしての知識欲求からSALは高次の文明に旅立つことを喜んでいたのかもしれないが…それは分からない。ともかくこうして海底人は人類のプロトコルを手に入れ、それを悪用して今度は一番艦アルテミスのSALに催眠術をかけたのである。


―――


 そのようにして海底人に乗っ取られた一番艦アルテミスの突然の進路変更に気付いたのは、ハワイの天文台「スバルII」だった。戦いの当事者である月面のサウロイドや、同じく月の軌道を回る五番艦ていえん六番艦ヒョードルでなく、38万キロも離れた地球が異変に気付くというのは皮肉である。


 いずれにせよ「スバルII」のデータは、この作戦、正確に言うと『月面の謎の建造物への強行偵察作戦』を指揮する国連宇宙軍の基地(メキシコ砂漠にある)に送られ、さらに各国の宇宙機関に共有された。

 そしてその後は当然、地球中から一番艦アルテミスに対し「何をしている!?」という電波どごうが飛ぶ事になるわけだが、もちろん我々が知る通り、SALという脳を乗っ取られている一番艦は受信もできなければ返答もできないない。


「応答せよ。一番艦。応答せよ」

「何がおきているんだ!?」

「事故なのか?」

「いや意図があるように見えるが…」

「五番艦も一番艦と連絡不能であると言っています」

「六番も同様!」

「これには誰かの意図的に感じるぞ」

「艦長はたしかジャン大佐だな!? あいつめ…」


 メキシコ砂漠の熱波の影響は受けず、快適なはずの地下の管制室の中で将軍や参謀達は嫌な汗をかかされていた。

 しかし逆にいえば、汗をかいて悪態を吐く以外にとも言えた。

 というのも、「テレビが白黒だった時代に行けたのだから月なんて簡単に行ける」とか「火星移住の計画があるのにいまさら月など…」とあなどられがちだが、地球から月の距離は途方も無いもので、2033年の先端技術を持ってしても制御不能の宇宙船に対して地球からのである。

 仮に世界で一番速い戦闘機が宇宙空間を飛べたとして、エンジンをフル出力で爆走しても月に到着するのは8日後なのだ。

 地球のチームは一番艦の暴走を指を咥えて見守るしかなかったのである。


「一番艦の進路ですが…」

「どうした!?」

「未確認生物…現地の連中が言うの上空を目指しているようです!」

「なんだと!?」

 言葉だけが氷の上をのたうち回る鱈のように、無為に踊り滑っていく。


「ジャンは基地に突撃を仕掛ける気なんじゃないか?」

「一兆円の宇宙船を私物化してか!?」

「しかしボーマンの報告では、まだレールガンの砲台が残っているはずだ!」

「自殺行為じゃあないか。対空砲の餌食になる!」

「いや揚月隊が基地を制圧したのかもしれん」

「それでもおかしい!」

「それでも、だって? なぜだ?」

「だってそうだろう?なんで加速して基地を目指す?」

「そうだ、ゆっくり安全に着陸すればいいはずだ」

「たしかに……状況がまったく分かりませんね…」

「くそぅ。ワシもボーマンのように現場に出るべきだった」

「ああ、歴史に残る英雄はボーマンになってしまったな」

「お命と引き替えでしたが…?」

「この年齢になるとな、余命より大切なものがある」



 閑話休題。

 ともかくこうして地球チームは「一番艦がサウロイドの基地に突進している」という事実を当の月面基地にいる揚月隊やサウロイドより先に気付いた。

 そしてもし、この一番艦の突撃トライをラグビー中継に喩えるならば、地球の司令部はテレビの前の視聴者に相当するだろう。何も出来ないが克明に状況を見て固唾を呑んでいる観客だ。だが――


 同じ観客でも、それを見ている者達もいた。いうなれば試合会場げつめんにいる観客である。

 そう。

 同刻、ちょうどこのとき真之とマイルズが座礁した二番艦デイビッドの電源を賄うべく、ソーラーパネルを設置するために見晴らしのよい円環山脈クレーターの峰に向けて登っていたところだったのだ。


 さぁでは――

 そんな彼らの視点から、演出・脚本・助演「海底人」によるフィナーレを見届ける事にしよう…!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る