第331話 戦闘民族

 地球と月の間のラグランジュポイント(両星の重力が相殺するのエリア)に潜んでいた謎の宇宙船は、船の両側面に8門ずつ備わったブースターから‟炎でない事だけは確かな緑の光”を噴射して、人類の月面基地に向けて加速を開始した。


 そんな宇宙船の中で――

 忍者のような戦闘装束に身を包んだナオミという名の少女は、犬生物である相棒ヒョルデと共に船内の通路を進み、何やらマンホールのような蓋が3m間隔で13枚並んでいる異様な場所にたどり着いた。13のマンホールそれぞれにはランプと操作盤を兼ねるタッチパネル式のコンソールがついており、13枚のうち1つだけ消灯し、12枚が赤く点灯している状態だった。

「ヒョルデ、選べ」

 ヒョルデは意味もなく鼻でクンクンとマンホールを点検すると、赤く点灯している12枚のうち5番目のモノを選んだ。ゲン担ぎのようなものなのだろう。

「よし…」

 彼女はヒョルデの選んだマンホールの前にしゃがみ込み、そこに据え付けられたコンソールパネルを「ピッピッ」と操作する。と――

 プシューー!

 マンホールが開き、気圧差のせいか空気が溢れ出してきて口笛を奏でた。その空気には使による血の匂いが微かに交じっていて気持ち悪いが、音自体はSF映画でよく聞く小気味よい音である。もっともナオミにとっては珍しくもなんともないようで、彼女とヒョルデは迷いなくマンホールの中に飛び降りていってしまった。

「いくぞ…!」



 そうやって彼女が飛び降りたマンホールの下の空間は、離着陸艇の操縦席になっていた。離着陸艇の内部は、さきほどまで居た広々とした母船とは対照的に狭く、カプセルとまでは言わないまでもスポーツカーの運転席のような印象を与えた。ただ、艇だけに少なくとも1Gの重力を振り切れるほどの巨大ブースターを持っているようで、艇全体はかなり大きくテニスコート2/3面ほどサイズがある。

 形状は鋭い楕円だ。


 つまり視点を宇宙空間にしてこの謎の宇宙船を俯瞰すると、その全体像はまるでエビかのようなデザインだった。

 前述の通り、ブースターが船体の側面には8問ずつある…というだけで異形だが、それに加えて宇宙船の腹部にはシャコの水かきの‟ビラビラ”のように、楕円の離着陸艇が13枚も下向きに並んでいるのである。(離着陸艇は、お尻が宇宙船と接続されているだけで露出している)

 ここで面白いのが、離着陸艇がに並んでいるという点だ。ここにも彼女と彼女の属す集団の異様な思想が見えてくる気がする。

 というのも、下向きなら「発進!」となったとき速やかに加速できるメリットはあるが、離着陸艇に乗り降りすること自体が乗客に高い運動能力を要す構造だったからだ。鍛え抜かれた彼女だから問題がなかっただけで、この宇宙船は「動けない者に人権は無し」「バリアフリーなどくそ食らえ」という設計で造られていたのである。とても‟偉いだけの運動不足の老人”はこの船を使えないだろう。

 実際に強くなければ王になれないというのは、ヴァイキングなどの戦闘民族を想起させるが、しかしいったいこの彼女と彼女の属す集団の正体はなんなのだろうか――


 そんな数々の謎を置き去りにするように、ナオミは母船と離着陸艇を繋ぐマンホール(ハッチ)をぶっきら棒に閉じてしまった。そして彼女は操縦桿すらない離着陸艇の椅子に座ると、右手の籠手に装備されたコンソールでもって離着陸艇に座標を入力した。むろんそこはマスターに指定された試練ミッションの開始座標である。

「さぁ、最終試験のはじまりだ…!」


 ガション!!

 宇宙空間だから音はしないが、そういう音をイメージさせる武骨な火花が散ると、もう月の周回軌道に侵入していたシャコの妖怪の腹から、隕石のように迷いなく静かの海円環山脈クレーターを目指して落下していった。



――――――


 ナオミが離着陸艇に入力した座標から、わずか300メートル西。

 そこはサウロイドが破棄した第二月面基地の建設現場である。

 エースが脱走した未成熟なエイリアンと戦った一連の事件(エピソード)があったが、あれの爆心地がここ第二基地だった。

 ここで、すこし第二基地のバックボーンの説明を加えたい。

 次元跳躍孔ホールを通り、の月に進出したサウロイド達は第一基地の建設と並行する形で、その周囲の月の地質調査を行った。その調査中で地下に不思議な空洞があると分かり、とりあえずの掘削を行った事がこの第二基地の最初である。

 掘削が進めば進むほど地下空洞は想像より大きいことが分かっていき、ついに地下30mに次元跳躍孔があると判明すると、いよいよこれは大事になった。本格的に第二の基地を造らなければいけなくなったからである。つまりサウロイド達は「この宇宙の地球に知的生物がいたなら(そして実際にいた。ホモサピエンスだ)第二の次元跳躍孔の場所が知られてしまうが、野放しにしておくわけもいかない。基地を作る必要がある」と考えたわけだ。


 だが、先述の通り、第二基地の建設は途中で頓挫・保留となる。

 その原因は、サウロイド文明が人類文明より明確に優れている技術の一つである小型原子炉(核分裂式)を持ち込んで、いよいよ‟ただの掘削現場から基地へと”名前を改めようと意気込んでいた矢先の事だった。


 次元跳躍孔の近くで、の卵群が見つかったのである。

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