第271話 神風は海から吹く(前編)

 サイモンとレベッカは三番艦ソロモンの修理に当たっている。


 次なる要修理箇所は艦橋ブリッジの脇だと指示された二人は、三番艦の腹面の装甲の凹凸に手をかけ、ロッククライミングでもするように前方を目指した。とはいえ宇宙なのでそのロッククライミングは簡単で、二人には雑談する余裕があった。


「揚月隊なんて全滅しているわよ」

 レベッカは冷淡に言い放った。

「カルト…とまでは言わないけれど、ネッゲルくんの大義ねつにやられた若者の集団。敵の姿も分からないのに、基地に殴り込みにいくなんて正気とは思えないわ」

「でも勇気はあるだろ?」

「はっ!そういう話ではないでしょう」


 話していると二人は、三番艦の艦橋ブリッジの前まで辿り着いた。

 強化ガラス越しのブリッジの中には、今まさに作業をバックアップしているオペレータが手を振っているのが見えた。

 彼はブリッジ内の壁に向けて大きく指さしのジェスチャーをしながら、二人のヘルメット内のスピーカーに「ご苦労さん。2-11-4装甲は、この辺りのはずだ。外から見て裂け目が無いか?」と訊いてきた。

「ああ、バッチリ見えている。結構、大きく装甲が抉れているな」

 サイモンがブリッジの中に向けて、大きく「OK」のハンドサインを見せた。

「砕けた鉄心レールガンがぶつかったようだな。あと1mズレていたら三番艦ソロモンは中破でなく大破になっていたかもしれない」

 オペレータは「はは。そりゃあ、ラッキーだ」と音声通信で返した。


「まったくだ。ちなみに!」

 とサイモンは笑いかけた。

「ここからブルーダイヤモンドが良くみえるぞ。船首くちばしシールドと鉄心レールガンが擦れたところに筋状に広がっている」

「耐熱用の炭素カーボンに猛烈な圧がかかってダイヤモンド化したのでしょうね」

 レベッカは一瞥だけして、興味なさそうに言った。

「だけど、きれいだろ。人工ダイヤとは思えないよ」

 サイモンは肩をすくめ、オペレータもそれを援護した。彼はヘルメットのスピーカーを通して「それを売って、三番艦こいつの再建をしてもらいたいな」と笑った。

「そうだな。こりゃ数百カラットはネコババしても良さそうだぞ」

 サイモンもオペレータと一緒になって笑ったが、レベッカは真面目だった。

「さぁ、戯れ言はいいから」

 彼女は2-11-4装甲の前に体を固定しながら言った。

「さっさと指示をしてちょうだい。ほら、背中側を修理していた六番艦ヒョードルが離れていくわ。あっちのチームはもう整備しごとを終わっちゃったのよ」


 オペレーターはヘルメットのスピーカーを通して「すまん、では、まずは状況が知りたい。2-11点検口と2-12点検口を開くんだ」と詫びた。

「了解。二つの点検口の間で何のトラブルが起きているかを見るんだな」

 レベッカの手が届く距離に2-11はあるので、サイモンが2-12へと体を流した。

「…せめて地球軌道に帰還できるようにしないとね」

 サイモンが移動する間、レベッカが艦隊の全クルーの気持ちを代弁するような台詞を呟いた。「三番艦は大気圏突入への無理だろうが、せめて地球軌道に帰還できるまでには修理したい」という意味である。だが、それはつまり――


 艦隊のクルー達は口には出さないが、今や揚月隊はすでに全滅していてると思っているという事だ。


 …サイモンを除いて。



 ――――――

 ―――――


 しかし、そんな揚月隊はまだ生きていた。

 というか、むしろ烈火のごとく攻め立てている。から思いがけない神風が吹いたからだ――!


 の介入でB棟の歩兵隊員が秘密裏に排除されたことで、同棟に侵入した揚月隊の31名のうち17名(12人は海底人の介入前にラプトルソルジャーに倒され、2人は奇跡的に下記のジャンクションが封鎖される前にA棟に侵入していた。この2人こそあのマニー達だ)が無傷のままに殺到していた。月面基地を上からみると、4つの棟がくっついた「十字」の形をしており、そのクロスしている部分をサウロイド達はと呼んでいたのである。広さは一辺20mほどの四角い空間で、東西南北にそれぞれの棟に繋がる分厚いシャッターが下ろされていた。


 またおさらいになるが…

 B棟は「十字」の右の棒に相当し、その床面積は建設中の場所を含めると地上1階、地下2階の三面を合わせて実に40,000平方メートルになる最大の棟であった。C棟に封印されている次元跳躍孔ホールのせいで電波通信が使えなければ、廊下の壁に書かれている設備案内はサウロイドの文字であり、人類にとってはまさに迷路のようであったものの……それもついに


 徐々に揚月隊員は迷路を攻略していき、攻略するほどにまるで原始惑星が重力で引かれ合うように小隊が合流していった。そしてついには生き残った15人の集団となり、B棟の出口であるジャンクションホールの東シャッターにまで至ったのである…!


 だがサウロイドは是が非でも、このシャッターを突破されるわけにはいかない――!指揮系統や研究設備はA棟(北)にあり、次元跳躍孔ホールはC棟(南)に位置するため、ここが制圧されたら分断されてしまうからだ。最終手段の「ホールを通ってに逃げ戻る」という事もできなくなってしまう。


 そのようにして、人数規模でいうとこの戦いで最大となる攻防が始まった。


――――――

―――――



「撃ちまくれ!!」

 15人のリーダーは、M-18小隊長のソン中尉が務めている。

「おそらく敵はこっちの施設(B棟)を切りすてたのだ。容赦なくを撃ってくるぞ!少しのスキを与えるな!」

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