第270話 プランB

 月の地表から高度50kmの周回軌道では、サウロイドとの砲戦によってボロボロにされたアルテミス級三番艦ソロモンの応急処置が続いていた。

 

 三番艦ソロモンをサンドイッチするように五番艦ていえん六番艦ヒョードルが併走し、それぞれから2名ずつのメカニックが宇宙服(遊泳装備)の姿で発艦して三番艦の傷ついた箇所の修理を行っていた。


 二番艦デイビッドが轟沈したことで、繰り上げで旗艦となった一番艦アルテミス三番艦ソロモンらとは水平に10kmほど離れた地点を飛んでいて、宇宙遊泳するメカニック達の目には時折、キラリと光る米粒のように見えていた。


 彼ら宇宙艦隊に残された任務は3つだ。

① 敵基地を撮影

② ①同様に、敵基地から7kmほど離れた「7万年前の人骨」を撮影

③A 地球への帰還

③B 、揚月隊が敵基地を制圧できた場合は彼らの収容


 ③は真っすぐ地球に帰還するAプランと、揚月隊を回収してから地球に帰還するBプランの二択である。

 なお――

 プランBが喜ばしい結果なのは間違いないが、操艦クルーにとっては多少面倒なことになる。というのも月に着陸した場合、もう一度、月の重力を振り切る燃料は残らないからだ。

 このプランBを行う場合、まずアルテミス級宇宙戦艦は砲弾や自慢の船首(シールド)などの外せるだけの武装を宇宙で外して裸一貫で月に着陸する。そして揚月隊を収容し、地球から追加の燃料(プロペラントタンク)が送られてくるまでの二週間、艦そのものを月面上でのホテルとする算段である。そうやって月面で時間を潰し、地球から燃料が追加されたらジョージ平原を滑走路にして飛び立つ……というのがプランBの流れである。ただ――


 このプランには問題があった。

 最初からそういう計画なのでアルテミス級には、二酸化炭素除去や水の再生装置など、に耐えるだけの装備があったが、14日の滞在となると収容人数キャパは20人程度がせいぜいなので(操艦クルー8人を引くと12人の揚月隊員しか収容できない)揚月隊の生き残っている人数にもよっては、健在な一番艦アルテミス五番艦ていえん六番艦ヒョードルだけでは……


「待てよ…。?」

 宇宙服(遊泳装備)のサイモンは、中破した三番艦(ソロモン)の応急整備の作業をしながら同僚のレベッカに話しかけた。

「この三番艦ソロモンは飛ぶのがやっとで月着陸なんかできない。となると、もし揚月隊員80人が全員生きていたら…」

「え、なんだって?」

 レベッカは母艦である五番艦ていえんに繋がるアンビリカルケーブル(電源および酸素供給ケーブル)の位置を直しながら聞き返した。

「だからぁ!」

「ここね!そっちを持ってちょうだい」

 レベッカは修理中の装甲板に視線を向けたまま、サイモンに指示をした。サイモンはさすがに任務に集中して、いったん雑談を止める。

「お、おう」


 二人は内部(ソロモン)からのオペレータの指示に従って割けた装甲の天板を外し、中のケーブル類を何やらいじった。だがこの作業はという難点以外は簡単なようで、二人は手を動かしつつ、また雑談に戻った。


「だって、よく考えろよ」

 サイモンはレベッカに言われたとおり、天板を支えながら言った。

「三隻しかないんだぞ?三番艦ソロモンはこのとおりだ」

一番艦アルテミス六番艦ヒョードル、そして私達の五番艦ていえん…ってこと?」

「そう。揚月隊を迎えに行ったとして、一隻あたり10人ぐらいしか収容できない」

 これはサイモンの思い違いだ。酸素や水を使わないよう全員で12人は収容できる。


「スペック上は…まぁね」

「そうなると、全艦総動員でも、30人しか収容できないだろ?」

「エレベータと同じで定員8人でも…」

 レベッカはサイモンから天板を受け取り、それを元に戻してしっかり固定した。

「11人ぐらいは乗れるものでしょう? さ、どう?ソロモン?」

 ヘルメットの中でソロモンのオペレータから「戻った。バイパス成功。次は2-11-4を頼む。ブリッジの脇だな」と返答があった。そこもケーブル関連のトラブルがあるようだ。割けた装甲は直せないが、ここは無風で無重力なので、神経ケーブルを繋ぎ直せばとりあえずの飛行はできるようになるだろう。


「だとしてもさ」

 サイモンとレベッカは、三番艦ソロモンの船体の凹凸を掴んで、ロッククライミングするように前方へ移動した。宇宙遊泳の装備があってもスラスターなどは滅多に使わないのだ。

 プールで、泳ぐよりコースロープを伝って移動する方が正確で楽なのと同じである。


「おめでたいわね、あなた」

「え?」

「プランBなんて飾りでしょ。最初から」

 レベッカは冷静…いや冷淡である。

「揚月隊なんて全滅しているわよ。カルト…とまでは言わないけれど、ネッゲルくんの大義ねつにやられた若者の集団」

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