第269話 王蟲の触手

 揚月隊の残された5人は決死の突撃をかける――!


 残された酸素は2時間…。

 この間に敵の基地を制圧するなり沈黙させて、揚艇でもあるアルテミス級宇宙戦艦をジョージ平原に着陸させなければ窒息してしまう。

 死ぬのは構わないが…窒息死では戦士の名がすたるというものだ!


「いくぞ…奮い立て! 3、2、1!」

 ノリスの渾身の力でエアロックの重いハンドルを回し基地内部への扉を開いた!

 「ガロガロガロ」という重く乾いた音を立てながら、それはまるで運命の歯車のように回り出す!

「GO!GO!GO!」


 間髪おかず――

 そのちょっとだけ開いた扉の隙間に、4人は次々に手榴弾を‟スライダー回転”で投げ入れた。

「いけ!」

「それ!」

「はっ!」

「よ!」

 手榴弾の軌跡は見えないがきっとドアの向こうでは、ことで廊下のかなり奥まで転がっていったはずだ!


「うまいぞ!」

 4人が4人とも良い投擲をしたものだからノリスは思わず感嘆しつつ――

「閉める!!」

 作戦通り、いったんドアを閉めた!


 一瞬の沈黙があり…そして

 ズゥオンッ!!

 さすがエアロックの扉は頑丈でビクともしないが、扉の分厚い鉄板がまるでゾウが奏でる和太鼓のように激震した。もちろんこの震動は、ドアの向こうで手榴弾が爆発した事をあらわしている違いない!


「いくぞぉ!!」

 ノリスはもう迷う事がなかった。

 彼は一度、作業アクションを始めてしまえばもう、鍛錬をしてきた。大げさにいえば、明鏡止水とか無我の境地というものである。逆に往々にして、テレビを見ながら勉強ができるとか、2つの仕事を同時にできるとか、マルチタスクを自慢する連中はたいがい能力が低いものだ――!


「突撃ぃ!!」

「うぉぉぉ!」

 ノリスを先頭に、5人の戦士は手榴弾の煙が立ちこめる廊下に猛進した!


――考えるな!

――思索はもう30秒前にしたのだから、いまは脳のリソースはすべて戦闘に注ぐだけだ!

 戦士達の脳の反応速度は極限まで高まっている。


――――――

―――――

――――


 同刻。

 月の周回軌道では、サウロイドとの砲戦によってボロボロにされたアルテミス級三番艦「ソロモン」の応急処置がなされていた。


 三番艦ソロモンをサンドイッチするように五番艦ていえん六番艦ヒョードルが併走し、それぞれから2名ずつのメカニックが宇宙服(遊泳装備)の姿で発艦し、三番艦の傷ついた箇所に取り付いている。


 宇宙服はアンビリカルケーブル(電源および酸素供給ケーブル)でそれぞれの母艦に繋がっているので、全体としての姿はなんというか、風の谷のナウシカに出てくる「王蟲」の2頭が、傷ついた仲間を囲んで触手で癒やしているような微笑ましい光景だった。


 軌道高度は50km。

 月の重力に対してここまで離れれば、かなりゆっくり飛行する事ができた。

 作戦の初動をかけた(そして大成功した)巡航ミサイル達を放流するため、一度は月の地表スレスレまで高度を下げたが、そのときに(月の重力に負けないように遠心力を高めるため加速して)膨大な燃料を使ってしまったから、いまは省エネ飛行が求められていたのである。

 またこの軌道は、何度月を周回してもサウロイドの基地の上を通過しないルートのため、彼らのMMECレールガンに攻撃される心配はない。


 つまり、宇宙艦隊はいま休憩中というワケだ。


 そんな艦隊かれらに残される任務は以下の3つである。


 ① もう一度、加速をかけて敵基地を接写する

 (俊足でもって対空砲から逃げ延びる算段だ)


 ② ①同様に加速をかけて敵の制空権を突破、敵基地から7kmほど離れた「7万年前の人骨」が見つかった地点の再撮影する

 (ここにも敵の施設らしきものが建設されていたが、なぜか途中で放棄されていた。なおこれはエースが戦ったエイリアンと関係するが…その話は後に譲る)


 ③A 地球への帰還


 ③B 、揚月隊が敵基地を制圧した場合の彼らの収容。


 もちろん「③のプランB」こそが最も喜ばしい結果である。

 揚月隊が勝ってしまったのなら敵の基地施設ばかりか、月の制空権も、敵の技術も、敵の情報もごっそり手に入ってしまうのだから①と②の任務は必要なくなるわけだ。

 地球から視察団を招いて、どうぞ、たっぷり調査すればいい。

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