第386話 南極。サウロイド捕虜収容所(前編)

「まて、俺達のライトがいるだろう?」

 サウロイドが放棄した月面の地下基地は、古代遺跡の石棺の中のように神秘的で厳粛な闇に満たされていた。そんな真っ暗な通路を恐れも知らず、ズイズイと歩き出したのナオミに向かって、ブルースは優しい声をかけた。

「そうよ、一緒に行動した方がいいわ」

 アニィもまた、ナオミを引き留めた。ブルースと違いアニィの方は、このプレデターの娘が殺人鬼であることを知っているが……いまは協力するしかない。

 協力して、なんとかこの月の地下じごくから脱出する手立てを見つけなければならないのだ。

「…アナタガ ノゾムナラ ソウスルガイイ」

 ナオミは立ち止まり暫く考えた後、二人に振り返りもせずに相変わらずの変な地球語で答えると、そのまままたズイズイと歩き出してしまった。

「ふぅ…やれやれ…」

「協調性を求めるだけ無駄でしょうね」

 二人のホモサピエンスは肩をすくめて、プレデターの後を追った……。


――――――

―――――

―――― 


 こうして奇妙な協力関係となった三人組の探検家が、の中に足を踏み入れて行ったのと同じ頃――


「どうして…!?」

 別の場所で、当のサウロイドの一人であるエラキ曹長は、そのことを聞かされて愕然とした。そして彼は訊き返した。

「まて。地下をなぜ居るんですか?人が。調べるために」

 文章はメチャクチャだが意味は分からなくはないし、なにより彼の声はそのいかつい外見(サウロイドがフクロウのような顔をしているのに対して、ラプトリアンはまさに竜人という見た目をしている)からは想像もできない美しい音で響いた。哺乳類のような頬が無いので音を出す場所は人間とはまったく違うが、さすが鳥の近縁である彼は異星人(※)の言葉を上手に発音できていた。


 ※サウロイドにとってホモサピエンスを異星人の呼べるのかどうか…ここの表現が難しい。

 バックボーンをおさらいすると、まずである。それぞれが進化した地球は、位置座標と時間座標は同じで確率座標だけが違うという共役関係の同じ星だ。パラレルワールド、マルチバース、言い方はなんでもよい。ともかく彼ら二つの地球は(X,Y,Z,T,P)の次元のうち、確率次元Pが異なる座標に

 この感覚は時間次元Tの方をズラす例で考えると分かり易いかもしれない。つまり時間の座標を24時間ズラしたとき「昨日の地球」と「今日の地球」は同時に存在すると言えるだろう。

 これと同じように「確率Aの地球」と「確率Bの地球」は同じ場所、同じ時刻に存在するのだ。言い換えるとサウロイドとホモサピエンスは同じ地球で進化した異星人同士なのである。


「エラキ。一つずついこう」

 エラキ曹長の前に座っている男は、両手を見せて彼をなだめた。

「慌てながらしゃべれるほど、君はまだ人間の構文を使いこなしていない」

 防ウィルス服を着た男は足を組みリラックスしていて、エラキのことを全く恐れても居なければ、それほどの興味も無いようである。男の防ウィルス服もまた雨合羽のような薄いつくりであり、それはこの一年で人類がサウロイドおよびラプトリアンの扱いに、すっかり慣れ始めている事を示していた。

「ええ」

 と、ホモサピエンスの言葉で頷いたエラキは続けざまに

『まったく…』

 とサウロイドの言葉でため息を吐きつつ、窓の外を見やった。


 ここは南極――。

 UNSF(国連宇宙軍)によって、ラプトリアンの捕虜「エラキ曹長」とサウロイドの捕虜「リピア少尉」のためだけに建造された真新しい研究施設である。

 UNDSFの前身は、2032年に中国の月面着陸船が月の大地で”5万年前に死んだ人骨”を発見した「ムーンマン事件」により端を発する研究機関だったが、その人骨騒ぎで月に注目が集まる最中、さらにどこからともなく現れた(当時は次元跳躍孔ホールの存在を知らないので月の地中から現れたと想像された)サウロイド達が月面基地を建設し始めた事で、一気に軍事組織に格上げされたのであった。ゆえに、UNSFの施設は研究所というよりは基地という趣がある巨大なもので、また宇宙港を兼ねているため赤道付近に集中しているのだが、このエラキが囚われている施設だけは特別に南極の奥深くに建造されていた。

 それは、もちろんサウロイドの捕虜を迎えるためである。第一に防疫を考えなければならないから南極に収容所が建造されたのだ。

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