第387話 南極。サウロイド捕虜収容所(中編)

 後世に「第一次人竜月面戦争」と呼ばれるようになる戦いは、名前の通り人(ホモサピエンス)と竜(サウロイド)の間で勃発した。

 参加人数はおおよそ100対100。

 人類側はアルテミス級宇宙戦艦3隻(1隻は中破)と10人の宇宙船クルーと50人の揚月隊員を失い、サウロイド側は30人のMMECレールガンの砲手と、20人の装甲機兵と20人の精鋭歩兵ラプトルソルジャーと30人の臨時徴用兵……そしてなにより基地施設全てを失った。――が

 これを戦争と呼ぶには、いささか小規模ではある。

 この「戦闘」を「戦争」と呼ばせているのは、人類にとって初のとの戦いであったという歴史的な意味の存在に他ならない。(もっとも2033年の時点の人類は、月に100人もの戦闘要員を送るのが‟戦争”と呼んでいいレベルで大規模なことだったのも間違いない。1万人に花咲く野山で行進させるのとはワケが違うのだ)

 しかもそれは、単なる記念碑な意味だけでもなかった。

 月での戦いの後は「戦後」と呼ぶにふさわしいだけの大変革を世界に巻き起こしたのである。次元跳躍孔ホールの発見、サウロイドのコンパクト核分裂炉の技術、月での定住のノウハウ、MMECレールガン砲台の無傷接収……と色々な衝撃と戦利品が人類にもたらされたのだ。

 ただ、感情のレベルで言うなら一番の「戦後」の大変革とは、こうした技術の云々の話ではないだろう。そう、人類にとって一番の衝撃とは「自分たち以外の知的生物」との遭遇だったに違いない。なぜならそれは「人が特別な存在ではなかった」ことの証明だからだ。

 もちろんそれがもたらす影響は何も宗教だけではない。映画や漫画や音楽というサブカルも大変革を余儀なくされた。「キリストがどうした」とか「ETはこうした」とか「地球防衛軍は宇宙人と戦うゲームで~」といった、今まで紡がれた全てのは貴賤を問わず嘘っぱちだと証明されてしまったのだから…。(逆にオカルト愛好家は歓喜しているだろうが…)


 さて。

 時は2033年。本当に「自分たち以外の知的生物」が現出したとき、いったい人類はどうやって文化を維持していくのだろうか――?

 その答えは、いま南極に収監されている「自分たち以外の知的生物」の2人が握っているかもしれない。


――――――


 ラプトリアンのエラキ曹長は、サウロイド世界の言葉でため息を吐いた。

『彼らは困ったものだ…』


 牢獄と呼ぶには美しすぎるその牢獄は、前後の壁が一面のガラス張りになっていた。前面(どちらが前かは分からないが、入室したところを基準にする)は壁一面がガラス造りの巨大な窓となっていて、果てしなく広がる南極の氷原を切り取っていた。エキセントリックな金持ち、たとえばアイアンマン1の頃のトニー・スタークが作らせた南極の別荘のリビングのようである。

 その反対側、後ろの面もまた同じように全面ガラス造りになっていた。

 だが、こちらは解放感とは真逆である。こちらがガラス張りなのはだったからだ。捕虜であり検体であるエラキ曹長の一挙手一投足を、研究者達が四六時中、鑑賞できるようにするための巨大な監視窓なのである。

 プライベートなどあったものではない。非道的な監獄だった。


 ギギッ!

 そんなガラス張りの牢獄の中に、椅子を引きずる音が妙に大きく響いた。

「エラキ曹長…」

 博士は、エラキの真ん前、頭を下げたらぶつかってしまうぐらいの距離まで椅子を引ると、そこに腰かけながら言った。

「教えて欲しいのだよ…」

 初老の白人男性……少し白内障気味で青いミルクのような色になっているその瞳は優しく、しかし高圧的であった。

 長く逞しい足と立派な尻尾を持つラプトリアンのエラキ曹長と並ぶと、その初老の博士はのように無様に見えたが、彼には勝者の余裕という王冠が輝いていた。博士は自分で戦ってエラキを捕虜にしたワケでも無いのに、その余裕を纏うのに戸惑いがなかった。

「質問は分かるね?」

「はい…博士」

 エラキは地球語で頷いた。


 自分では何も成し遂げたワケでもないのに、自分が所属する組織の威を纏う事に躊躇がない、そういう種類の人間がいる。(筆者はゲーム業界の人間で、その中で色々な人に会うが、だいたいバンダイナムコから出向してくる人間はこのタイプである。彼のバックボーンにある資本面で偉そうにするならまだしも、コンテンツについて云々してる姿は滑稽の極みである。文学的なセンスや、哲学の素養などなくひと欠片も無く、”名言”なるものを引用するぐらいしか作品の表層しか理解できないくせに、まるで自分が作ったかのように語り散らかすワケだ。椅子の背もたれに全体重を預けながら足を組んで…)

 そして人の世では往々にして、そういう野太さを持つ人間が偉くなるものだ。

 「偉そうにする」というのは才能の一つなのである。


 閑話休題。

 50回のスクワットすらできそうにない老人の博士が、竜人と呼んで差し支えないラプトリアンのエラキ曹長に、優しく…しかし高圧的に話しかける様は、まるで鍛え抜かれた黒人を捕虜にした太っちょの資本家の白人の構図を、現代に描き直したようながあった。


「曹長。君のために、ゆっくりしゃべってやろう」

 博士は白濁した青い瞳で、エラキを真正面から見つめながら言った。

のだよ」

「もちろん。…ですが、しかし」

 エラキは窓の外、南極の真昼の猛吹雪ブリザードを見眺めながら頷いた。

「まずは…… 地下に入ったなぜ人類が事を、隠していた事か……教えてくれませんか?」

 彼は下手な地球語で質問した。「教えてくれませんか?」といった固定のフレーズは流暢だが、構文がメチャクチャで理解が難しい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る