第465話 拝樹教徒(前編)

 をレオは最初、冗談だと思った。

 彼は冗談を言われるタイプではないので(冗談を言いやすい、いわゆるイジリやすい人間は二種類いる。馬鹿だが性根が良いタイプ、性根はさして良くないが頭が切れて会話の中心にいたがるタイプの二種類だ。レオは頭が良いが話を盛り上げたいという欲求がなく、冗談を言ってもらえる人間ではない)周囲から事実だけを報告されることに慣れている。だから大半の事は冗談だとは思わないが、さすがに――


 という報告は冗談にしか思えなかった。


 それもどびきり悪いジョークだ。

『どういう…ことです!?』

『ですから…!』

 ここまで駆けてきたのだろう、その兵士は息を切らしながら応えた。

『猿人間が…しかも一匹ではありません…猿人間の集団が現れて町を襲ったというのです!』


――どうやって…!?


 レオもドクター・アストラも顔を見合わせた。フクロウに似たサウロイドの中では切れ長の目をしたシャープな顔のレオだが、このときばかりは間抜けに目を皿のようにしている。言葉を失うとはこういう事を言うのだ。

『……そ、それは……いったい……!?』

 実際は2秒も無かっただろうが、とても長く感じる沈黙が冷気のように周囲に広がった直後、ジリリリンとけたたましく電話が鳴った。心境とは関係なく、実際にけたたましい音でありそれは緊急回線である事を示している。

『こちら…A1130-V25』

 電話の傍には他の研究者がいたが、彼は無言でレオにそれを譲った。

 レオは飛びつくようにして受話器を上げつつ、ハンドガンで撃たれたぐらいならビクともしないような鋼鉄製の電話を確認し、その側面に刻印されている所在番号を告げた。受け手がどの電話・通信機ラジオを使っているかを伝える、サウロイドの軍内での古い慣例である。(サウロイド世界は番号表示などのテクノロジーも無いようだ。さして難しい技術ではないので、遅れているというより必要としなかった、というところだろう)


『これはこれは…将軍ですね。え…?はい…!』

 電話の向こうの男は「もしもし、の代わりに使っている電話の識別番号を告げる」という慣例をさっそく無視して喋り出した。レオの声を聞くなり「お、大佐か。ちょうどよかった」と口早に言うや、よほどの緊急事態なのだろう、一気に本題を捲し立てた。


――――


 ドクターアストラを含めて、レオの秘書兼副官(この部屋にいるレオ以外の唯一の軍人である)と研究者たちは固唾を呑んで、しばらく「はい」とか「ええ」とか「なんと…!?」などとレオが相槌するのを見守っていた。軍の高官同士の会話に口をはさむべきではない――と周囲の研究者たちも分かっているのである。


 しかし、レオが受話器を置いた瞬間、そんな冷静さは吹っ飛んだ。やはりたまらなくなって、その文官としての節度を失って怒濤の質問を投げかけたのだ。

『何があったんです!?』

 研究者の一人が吠えた。サウロイドほどではないとはいえ鳥に似ているラプトリアンだが、こうして最上級の狼狽をしたときは「ごるるるぅ」というライオンの鳴き声のような低層重音が加わる。ちなみに彼の質問は完全に越権行為だが、もちろん誰も咎めたりはしない。

『ハロエ川(アマゾン川)の上流にある村が猿人間に攻撃された…そうです』

 レオとレオの副官はもう、研究所の白衣のジャケットを脱ぎ、帰り支度をしながら言った。

『見間違いではないんですか!?』

未開の部族が見つかったというだけに決まっています!』

 研究者たちは続けざまに言った。

 サウロイドは世界人口が3憶しかないので地球に未踏の地が多く、有史以来、文明と接触を持たず原始の生活をしている部族が見つかるのである。研究者はそれを言っているのだ。

『その議論は無駄でしょう…!見間違いかどうか、を疑っても仕方がない』

『本当に猿人間だとするなら…』

 ドクター・アストラはもう少し冷静で「そうとしか考えられない」という事を確認した。

ということだな…!?』

 確かにこの基地の警戒は突破できるはずはないし、この鹵獲したロボットを見る限り次元うちゅうを飛び越えるワープ装置など猿人間には作れるはずがないからだ。

『まぁ…そうなるでしょう…!』

 レオは電話口からは一言も次元跳躍孔の話を聞かされていなかったが同意した。

『まだ何もわかりませんが…彼らは十中八九、別の裏口を見つけて、我々の地球に攻め込んできたのです…!!』


――月面戦争どころではない。母星ちきゅうでの戦いになるぞ…


『レオ、私もつれていけ。新型のテクノレックスを連れていく』

 アストラも白衣を脱ぎながら、口早に言った。

『地球での戦闘です。指揮は将軍どもでしょう…! 飛行機ビークルの準備を。給油してオーワに飛びます』

 レオはアストラに応えつつ、副官を基地ピラミッドの外へ先に走らせる。

『いや、お前は佐官クラスでは唯一の猿人間の専門家だ。中隊ぐらいは与えられるだろう。その中隊に私を入れろ』

 アストラは引き下がらない。というかもう、配下のロボットチームにテクノレックスの準備をさせ始めている。

『ふぅん…どの程度の指揮権(権限)が与えられるかわかりませんが……』

 レオはひとしきり考えた後、すこし微笑み交じりに言った。

『行きましょう、ドクター。しかし一機だけです。私の小型ビークルでは博士とテクノレックスIIを乗せるのがやっとだ』

『よろしい!』


――――――


 サウロイド世界にはまだ、誰もがアクセスできるインターネット網はない。

 そのせいで、猿人間に襲われたという村からの報告(映像)は、村から町、町から都市へとアナログ波の伝言ゲームで伝えられ、軍の巨大な衛星中継アンテナ網に届くころにはノイズだらけになっていた。なつかしいブラウン管テレビの砂嵐である。

 だから、その人工村(食肉プランテーション)で育てているデメテルサウルスのを監視するためのカメラが捉えた映像に映る、二足歩行の知的生物が本当に猿人間なのか確証はない状態であった。しかし――


。 “尻尾無し”はこれで全員です」

「こちらは?何人、死んだ?」

「誰も」

「ふむ。よくやった。今日の殊勲戦士は、貴様だ。生贄は貴様が選ぶがいい」

「ありがたき…」


――まるで黒人奴隷の歴史を繰り返すように、村の寄り合い場に無抵抗なウロイド達を集めて品定めしている知的生物は紛れもなくホモサピエンスであったのだ…!

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