第466話 拝樹教徒(中編)

 その村はオーワ川に浮いている――


 オーワ川はオーワ大陸、南アメリカ大陸の名前の由来ともなった大河であり、それはアマゾン川に相当する。

 もちろん、川に浮いているというのは比喩だ。ヴェネチアと同じである。街の人工の地面の下には実に500本もの伸縮可能な巨大な足(橋桁はしげたというのが正しいかもしれない)が生え、雨季と乾季で大きく変わるアマゾンの水位に合うよう村全体を上下させる仕組みになっていた。村の港の喫水線は季節問わずいつも安定している。歴史的に見て、どこからを動物ラプトルでどこからを人間ラプトリアンと区別するかは難しく、言ってしまえば全ての集落・村・街が作られたものではあるのだが、そういう揚げ足を抜きすればこの村は人工的という表現が合っている。自然発生的に生まれたものではないと言えるだろう。


 村の役割はオーワ川の海運(オーワ川もといアマゾン川の川幅は平均でも8km、最大は100kmという途方もないものであり、と呼んでいいだろう)の船の補給基地である同時に、周辺の森で牧畜されている「デメテルサウルス・トロピカロロフス」の管理だ。

 村は近代的で小さく、集合住宅から病院、学校、教会(公園は無い。当たり前だ、ここはアマゾンの真ん中だ。森林浴をしたければ自転車代わりのマイボートで両岸に行けばいい)まで何もかもコンパクトにまとまっていた。200人の住人のうち大人は120人で、その9割は酪農家で1割が舟の整備士である。


 雨季と乾季で川幅が変わるという事を差し引いても、村はと思う。

 村は川の真ん中にあるのではなく、川上を前とすればかなり左に寄っていて、雨季の今でもこうなのだから、乾季などはほとんど陸続きになっているだろう。、川岸に村を造ることもできたはずだ。

 だが、ここがサウロイド(文明や勢力を指し示すときは端的にサウロイドと呼ぶが、実際の人口比はサウロイドとラプトリアンが1対1であることは忘れてはならない))らしい。

 雨季と乾季で大きく変わる川幅に対応できるほどの強固で高い堤防を作り、最も生物の多様性のある川べりをコンクリートで地均じならしする事を彼らは良しとしなかったのである。川の上に浮かぶ人工島の方が自然への負荷が低い、彼らはそう考えたのである。彼らは農耕と言うをせずに進化してきたため(農業に目覚めたのはごく最近で、我々の産業革命に相当するものとして農業革命があるほどだ)自然を尊ぶ性根を持っているのである。エラキ曹長が談によると「自然を傷つけることに生理的に嫌悪を感じる」とのことだ。加えて、アマゾン川もといオーワ川はサウロイドとラプトリアンの共通祖先の発祥の地であり特別な意味を帯びていたため ――話が最初に戻るが―― 川に浮いているというチープなRPGに出てきそうな村が現出したのである。


――なお先に行ってしまうと

 このサウロイドの美徳、自然を尊ぶ精神はを最悪のゲリラ戦にしてしまうこととなった。オーワの熱帯雨林(つまりアマゾン)に潜む謎の猿人間ホモサピエンスに対してサウロイドは、アメリカ軍がしたような枯葉剤の散布したりナパームで焼き払ったりすることはできず、敵の土俵もりの中で歩兵戦闘を強いられる事になってしまうのである…!


――――――


 話を村に戻す。

『お、おぉ…生きていたか。コレイ…』

 ヤーレンとコレイは村のメインストリートから一本わき道に入ったの前で出くわした。猿人間に破壊されたドアや割られたディスプレイはむごたらしいが、労働者かれらの昼食のために焼いたばかりのパン(6700万年分の進化の隔たりがあるため、麦とも米とも言い難いが、パンの原料がイネ科の植物であることは間違いない)のいい匂いが、皮肉を帯びて広がっている。

『ヤーレン、大丈夫か…!?』

 二人は目が合うや、どちらからというワケでもなく、ほぼ同時にサッとパン屋の中に隠れ入った。店の中はすでに猿人間の手が入っていて棚や椅子が蹴散らされているが、給食(この村全体が一つの工場のようなものなので社員食堂という感じだ)の女ラプトリアンは逃げ延びたらしく死体は無かった。

『ああ…腹をやられたが…大丈夫だ』

 ヤーレンの腹には、猿人間によって投じられた小型の槍…鉛筆を一回り大きくしたような何とも言えない投擲武器が刺さっている。(棒状のクナイだ)

『みんなは…?』

猿人間やつらの襲撃のあったときに、まだ森で働いていた連中は無事だ。だが半分以上は村に戻ってきている時間だったから……』

『くそ…やつら、俺達の生活サイクルを知って……休憩で戻ってくるタイミングを狙ったのか』

 そう、メインストリートは人々ラプトリアンの死体がゴロゴロしているような状態だったのだ。そのほとんどは鉈のような斬撃を的確に首に受けて出血死しており、幾人かはヤーレンが受けた棒状のクナイを脳天に受けて絶命していた。

『なぜ、俺達ラプトリアンばかりなんだ?』

 ヤーレンはパン屋からそっと顔を覗かせ、メインストリートの血みどろを確認しながら言う。

『見ろ。死体はラプトリアンばかりだぜ。何人か抵抗して殺されたサウロイドもいるみたいだが、狙われたのはラプトリアンばかりだ』

『ああ、確かに。サウロイドが集会所に集められるのを見たぞ』

 コレイは武器に使えそうなものがないか、音を立てないようにキッチンを物色している。ただの牛飼い(デメテルサウルス飼い)にしては、かなり勇敢である。

『尻尾が無いあたりが自分達に似ているっていうんで、慈悲をかけるつもりかな…』

 ヤーレンは腹の傷を確認しながら

 ネアンデルタール人を滅ぼしてしまった我々からすると信じられないほど、サウロイドとラプトリアンは仲良く共存しているが、人種差別がないわけではなく、特に最近のサブカルチャーはサウロイドの女の子をかわいいとするのが流行しており、何となしにラプトリアンは自分たちの尻尾を誇れない気分にさいなまれていたのだ。ルッキズムの問題というやつである。

 だからヤーレンは、尻尾が無いから助けられた、とジョークを言ったのだが――

 しかし次の瞬間、そんなジョークを言っていられない事になった。


『キュルーーーン!』

 コンドルの鳴き声を数倍に増幅させたような絶叫が耳をつんざいた。サウロイドの悲鳴、いや絶叫である。


『集会所からだ…! ヤーレン…!?』

『くそ…。むしろ

『なんだって?』

『皮か…歯か…。シンプルに肉か。そういうものが狙いなんじゃないのか』

『まさか。奴らは狩りをしているってのか…?』

『戦おう、コレイ…! キュクロスクスを追い払うため武器が港にあるはずだ…!』

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