第324話 尻尾が無いサウロイドは、尻尾をまけない(前編)

「何がどうして、そんなことを…」

 真之は月面服が傷つく事などお構いなしに思い切りズサッと膝をつくと、そのまま土下座するようにうな垂れた。

 彼の直上を通り過ぎた一番艦アルテミスブースターを吹かし水平方向の速度を殺しつつも鉛直方向には月の重力で加速しながら、南の地平線を目指して、まるでジェットコースターか隕石のように月の空を駆け降りていった。

 攻撃目標は彼のいる場所から南に300kmいったサウロイドの基地に違いない。

 おまけ程度にレーザービーム砲を連射(とはいえ10秒に一回ぐらいの連射だ。ガンダムのようにピュンピュンと連射はできない)こそしているが、この無茶な操艦マニューバを見るかぎり本命は自艦の特攻だ。

 なぜか分からないが、一番艦は自身の体当たりでもってサウロイドの基地に質量攻撃をしかけようとしているのだ――!


「なぜだ…なぜなんだ」

 一番艦の特攻を確信した真之は、もはやその軌道を目で追う事はせず、ただ灰色の月の地面を狼狽して見つめるほかなかった。

 しかし辛いことに、マイルズが去ったいま彼は円環山脈の頂上で独りっきりであり、その動揺を分かち合える相手はいない。月面はマリアナ海溝やエベレストよりも寒々しく、この混乱と悲憤にたった一人で立ち向かうには、あまりにも不向きな場所であった。

「くそ…。俺達は振り回されっぱなしじゃないか」

 真之は俯いたまま、風も匂いもない月で唯一できることとして、赤ん坊向けの焼き菓子のような触り心地の月の土(レゴリス)を握りしめる事で触覚だけを紛らわし、あとは独力で溢れ出す感情に堪え忍ぶほかなかったのである。そして――


 そんな彼を尻目に、対照的に妙に気持ちよさそうに空を駆け降りる一番艦アルテミスは、SF映画で見せ場となるCGシーンかのように地平線の向こうに落ちていく”流星”を演じていた。


――――――

―――――


『レーザー砲は問題なし!さしたる威力はありません』

『無人の地上階の天井に多少の亀裂が生じた程度、被害は軽微です』

『しかし!』

 C棟の次元跳躍孔ホールの監視研究室は、いまや臨時の司令室になっている。

 その臨時の司令室の貧弱な管制能力でも、突進してくる一番艦に気付く事は簡単だった。

 なぜならごく単純な話でからである。

『ツッコんでくるわ!!』

 3つある潜望鏡(あぁ…最後はアナログの道具が役に立つのだ)の一つを覗いているゾフィが、視線をそのままに叫んだ。

 彼らがいるのは地下2階、前述の通り次元跳躍孔ホールの監視研究室であり、分厚いガラスを隔てた隣の部屋には次元跳躍孔が浮いている(映画で見るようなCIAだかFBIだかの格好いい取調室のような構造だ)。

 なお次元跳躍孔の隣の部屋という事は、つまりこの月面基地で一番最初に作られた部屋という事でもある。そしてそれ故に何とも原始的な潜望鏡があったのだ。4年前の2029年、次元跳躍孔ホールを通って「彼らの確率次元の宇宙の地球」から「人類の確率次元の宇宙の月」に這い出てきたサウロイド達が、ともかく一番最初に地下空洞から「ここはどこだ?」「重力は弱いようだが、ここは安全な星なのか」とチンアナゴのように地上を探索した際の名残である。


 そんな潜望鏡が大いに役に立っていた。

『見せてくれ!』

 エースは怪我を忘れてバッと駆け出すと、ゾフィから潜望鏡を奪った。

『ちょ!』

『ん…ああ!言わんこっちゃない!』

 エースが見たのは空からツッコんでくる「クアトロトプス」だった。

 そう。‟尻”を向けながら一直線にツッコんでくる一番艦からは、まるでクアトロトプスの4本の角のようなブースターの火が噴き上がっていたからだ。

 奇妙な話だが、こうやって減速する事で月の重力を受けてむしろ下方向には加速し、まるでシンカーの弾道のように軌道を月面基地に向けているわけだ。

『つっこんできます!』

 別の潜望鏡を覗いている一人が叫んだ。それにエースも続く。

『レオ、敵の宇宙船が突撃してくる。まっすぐ来るぞ』

『やれやれ、言わんこっちゃない…!』

 ザラは厳しい目でレオを睨んだ。

『なぜMMECレールガンが使えないとバレたんでしょう…』

 レオはザラに応えるわけでもなくただ動揺し、承服できない、とばかりに怒りで瞳孔を揺らしている。

『しかし司令!7から9番のMMECは敵の破壊を免れています。砲手(砲台に滞在する撃ち手だ)は殺されているのでしょうが、敵の詰めが甘く完全に破壊されていない。…遠隔操作で、そしてC棟(ここ)からの給電で1発は撃てます!』

 副司令が励ますが、それはムダな事だ。

『もう落下軌道に乗っているのです。レールガンで攻撃し、仮に敵艦を破壊できても、一塊ひとかたまりの質量兵器(ゴミ)となってツッコんでくるでしょう…!』

『では…!?』

『逃げるしか…ありません』


――逃げる


『レオ…』

 ゾフィが首を振った。

 逃げる事に何も反対はしていないが、レオが憐れだったからだ。

『我々は敗北しました。逃げましょう…尻尾を巻いて』

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