第325話 尻尾の無いサウロイドは、尻尾を巻けない(中編)

 DSL(Deep Sea Lives)通称、海底人に操られた一番艦アルテミスはいま、サウロイドの月面基地への落下軌道に乗っていた。こうなってしまえば、もう高度な科学技術は必要ない。あとは海底人が手を下さずとも、ニュートンらの古典物理学者が一番艦を一つの剛体として月面基地に叩きつけてくれるだろう――!


『司令!7から9番のMMECレールガン砲台はじんるいの破壊を免れています。砲手(砲台に滞在する撃ち手だ)は殺されているのでしょうが、敵の詰めが甘く完全に破壊されていない。…C棟(ここ)からの給電で1発は撃てます!』

 副司令が励ますが、それはムダな事だ。

『いえ。もう落下軌道に乗っているのです。MMECで攻撃して仮に敵艦を破壊できても、一塊の質量兵器(ゴミ)となってツッコんでくるでしょう』

『では…!?』

『逃げるしか…ありません』


――逃げる


『レオ…』

 ゾフィが首を振った。

 逃げる事に何も反対はしていないが、レオが憐れだったからだ。

『我々は敗北しました』

 レオの宣言に対して騒然の効果音を加えるかのように、警報が「ビービー」と鳴り響いてる。また一番艦のレーザー砲がC棟の外壁に照射されたのだろう。しかし人類の未完のレーザー砲は堅牢なC棟にとっては脅威ではない。たしかにレーザーは正確無比だし、弾薬を必要としないぶん重量が大事な宇宙船にはピッタリの主砲だが、まだ人類の未完成の技術ではC棟の外壁を突破できるほどの熱量は無いようだ。

 現に警報は、漏電を危惧する電圧の急変を伝えるものに過ぎなかった。

 だから問題は――

『まさかしてくるとは思いませんでした』

 そう一番艦が落ちてきた事である。


『考えてみれば、最初のスーサイドロケットミサイルの頃から、彼らは何かを自爆(スーサイド)させるのが得意だったのですが…そうか…思いつきもしなかった』

『ああ。まさか、有人機が自爆攻撃をしてくる…という手があるとはな』

 エースが頷いた。

 こうした特攻作戦は、祖先が肉食だったからか(※)サウロイドの文化や思想には全く無いものであり、それで虚を突かれた形である。

 ※祖先が生態系の第一捕食者だった彼らは、農耕民族的な組織や主従関係の思想が薄いのだろうと思う。主従関係の強固さこそを美徳とし、組織や主君のために死ぬことが美しい…というようなは農耕民族ゆえのもので、つい2000年前まで狩猟採集で文明を築いたサウロイドとラプトリアンには無い発想だったのだ。


『大尉の言うとおりだ。まさか集団自殺の攻撃を仕掛けてくるとはな』

 ザラは苦笑した。

『いや…最初から変だった。の大した科学技術も持っていないのに、背伸びをして月に殴り込んでくるあたりからして、あの生物達はどうかしていたのだ』

『そうは見えなかったのだけど…』

 ネッゲル青年と心を交わしたゾフィは言い淀むが、しかし ――今回の特攻は海底人の仕業だが―― ザラの指摘も的を射ている。

 人間は得てして「個人個人は善良でも、いざ組織に入ると、やるべきことは冷酷やる」という動物なのだ。それがサウロイドには理解できないのだろう。


『さぁ話していてもしかたない。敵艦の特攻が成立するまで、もう2分もないのです!』

 レオは全員と、そして自分に向けて気持ちを切り替えろと叫んだ。

『順次、次元跳躍孔ホールに飛び込んでください。撤退です』

『はい!!』

 尻を叩かれた羊の群れのように全員がワッと動き出す。

 跳躍孔ホールに飛び込むのは「別の亜空間に飛ばされてしまうのではないか」という恐怖にさえ打ち勝てば、ウォータースライダーに飛び込むぐらいワケない事であったが、何せ部屋には総勢30人もいるので大渋滞になる。まるで飛行機に乗り遅れそうな団体のように、動ける者からどんどん跳躍孔を通過していかねばならない。

『いそげ』

『立ち止まるな』

 ちょっとした騒ぎになる。


 一方、この間もレオの仕事は終わらない。

 オペレータの二人に彼は指示を続けた。

『二人(司令室付きのオペレータ。レオの直属の部下だ)はC棟のの準備を。跳躍孔ホールの部屋以外が埋没するようにしたい』

『はい!』

 と、その会話の間にザラが割って入った。

『しかし…増援の連中はどうします?』

 レオの事を嫌っている彼だが、こんな時に足を引っ張るほど馬鹿ではない。真っ当で建設的な意見を述べる。

『増援の連中はいま亜空間をワープ中だろう。本人達は一瞬に感じても、実際のワープには80時間かかる。増援の連中がC棟ここに顔を出したころには…』

『いやそれはもう、‟置き手紙”をして…あとは祈るしかない』

 レオは苦々しく応えた。

『80時間で彼らじんるいが崩壊したC棟の地下を掘り返し、この次元跳躍孔ホールの部屋に到達しない事を祈るだけです。置き手紙には「敗北した。すぐUターンして戻ってこい」と残します』

『うん』

 隣で聞いていたエースは頷いた。

『それしかないな。じゃ!俺達はお先に~ あとをよろしく!』

 エースは、定時に退社する敏腕社員のように事もなげに手を振ると、ゾフィに支えられながら跳躍孔の部屋の前にできた列に加わった。「この戦いで多くが死んだが、多くの敵も殺した。未知の知的生物との初戦としては上出来だったろう」という客観的な楽観がエースの態度にはあったようである。


――――

 そうこうしている間に、あっという間に時間は過ぎた。

『敵艦の墜落予測まで、あと55秒!』

 オペレータの一人が、半分立ち上がりつつ最後の報告をした。

『予測通り、C棟ここを狙っています』

 レオは苦笑しつつ応える。

『やれやれ。まったく…どうやってここが弱点と分かったんでしょう。爆砕の準備は?』

 裏で糸を引く海底人のせいで人類もサウロイドも予想が裏切られっぱなしだった。

『幸いシステムの70%が生きています。地上階は敵のレーザー砲でやられ35%しか稼働しませんが…地下1階の75%、地下2階の88%を爆砕可能です』

『よろしい』

『MMEC砲台も、こちらからコントロールできるものは過電で壊れるようにセットしました。こちらの技術は奪われるでしょうが…』

『助かります。こっちも敵の宇宙服と武器と死体を回収した、お互い様でしょう』

 なお、もちろん他の棟も爆砕してしまいたいところだが、他の棟を爆砕できるシステムにはなっていないのがつらい。各棟は安全保障の側面で独立管理されているためである。


『では100秒後にC棟の爆砕をセット。……大丈夫、地上階や地下1階は敵の特攻艦が破壊してくれるでしょう』

 レオがそう呟くと、まさにちょうど良いタイミングで、隣の次元跳躍孔ホールの部屋から副司令の叫び声が投げかけられた。

『司令!他の者は退避完了です。残りは我々だけです。お早く!』

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