第273話 死守
司令室の電話が重要度最高レベルを伝える受信音で鳴った――。
そのギャーギャー!という人類からすると奇妙な音は、サウロイド達の神経を最高潮に緊張させ、司令室にいた5名は全員がハッとなって受話器を見た。
この受信音は、鳴らす側の判断でどんな下士官でも選択することが出来る仕組みだが、これを鳴らすのは只事ではない。肝心の報告の内容によっては(さして重要でないのにこの音を使ったなら)軍法会議ものである。
『どうしました!?』
レオは飛びつくように受話器を取った。そして、うんうん、と電話先の話を聞くと次には思わず叫んでしまった。
『なんですって!?』
レオが聞かされた内容とは、我々が知っている「ジャンクションの東シャッターが襲われている」というものだ。空から見ると十字の形をした月面基地の、右棒に当たるB棟に侵入した
『B棟が破られるはずがない!!』
さすがのレオも驚愕を禁じえない様子だ。
海底人ことDSL(Deep Sea Lives)勢力の介入を知らないレオは
――この基地で唯一のまともな
――この戦い、負けるかもしれない…
と驚きと焦燥の渦に落ちた。
サウロイドやラプトリアンの口と耳までの距離は人間より少し長い(耳が少し後ろの方についている)程度なので、サウロイド世界の受話器のデザインはほとんど人類のそれと同じである。
ゆえに、ザラ砲術士官長代理はレオが構える受話器の反対側に耳をくっつけるという、子供じみた事をして話を盗み聞くことができた。ザラが慇懃無礼な男(ラプトリアン)である事はその通りだが、この状況ではそうではなく、むしろレオの方から少し耳と受話器を離しザラのために音が漏れるようにしてやったぐらいであった。
『い…いったい、どうしたんです!?』
司令室付きオペレータは、レオの只ならぬ雰囲気を読み取って、そんなザラに対して質問した。
彼は背後のオペレータを振り返らず、代わりに尻尾を立てて沈黙を促す「しーっ!」のジェスチャーをした。サウロイドの世界でも、尻尾を持つラプトリアン特有のジェスチャーだ。祖先のラプトルが、群れの仲間に「攻撃は待て」を伝える動きに由来するものだろう。巨大な尻尾を使うのは費用対効果が悪いように思うが、人間も二本しかない腕の一つを使って「しー!」をするワケだから同じようなものだ。
その後もしばらく「ふん、ふん」とレオは電話口で話を聞き続けたが、受話器に耳付けしていたザラは、全体の概要が分かったのだろう、途中で離れて振り返り周囲で不安そうに呆然としているオペレータ達に状況を伝えてやった。
『ジャンクションが敵に襲われているそうだ』
無断の情報露呈は軍隊として酷い越権行為だが、レオがそんな事で喚き散らすような男で無いことをザラは知っていた。出会って数時間だが、二人は割と良いコンビになれるかもしれない。レオはザラを人間的には嫌っていてるので、まぁザラの片思いだが…。
『え!?どの方向です?』
『B棟側だそうだ。東シャッター前で銃撃戦になっている』
『ということは
『現実だけを見ろ。強い弱いを議論しても仕方ない。負けたんだろ?』
ザラはピシャリと言った。同族のラプトリアンへの同情は無い。
『歩兵隊からの最後の連絡は?』
『20分ほど前です。ハオ軍曹から。B-2-56で敵を1体発見して倒したと……ありきたりな報告です』
『それ以降は無し…ね』
『20分で全滅ですか…!?』
『急に何があったんでしょう?』
海底人の武力介入があったのだ――と我々は教えてやりたくなる。
『ま、考えてもしかたない』
ザラは楽観…というかニヒリスティックである。生への執着が弱いから絶望への耐性が強いのだ。
『状況を総合すると、我々が
ザラは当然の事としてそう言った。
彼らの次元の地球に退却するにはC棟の奥に封印されている
いま十字の形をした基地の「右棒」のB棟から敵が溢れ、「交差点」のジャンクションを襲っているなら、早い内に「上棒」のA棟にいる自分達は「下棒」のC棟に逃げ延びておく方が良いだろう――と彼は思ったのだ。
彼は生への執着が弱く合理的で冷淡なので、闘志の
『犠牲を払ってもA棟は死守します』
『増援を送りますから、踏ん張ってください』
――電話口のレオは、ジャンクション(十字のクロス部分)で戦っている予備役のラプトリアンの指揮官にそう指示をしたのである。
ザラは「え…?」と驚き、怪訝そうな顔でレオに振り返った。
『司令、何を…!?』
しかしそんな事には気付かず、レオはもう受話器を置いてしまい、
『兵を割きたい』
とオペレータ達に振り返った。
『生き残っている装甲機兵を向かわせましょう。彼らはA棟の先端にいるが…いちど
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