第472話 召喚 Call of Duty(前編)

 

 オーワ(我々の世界でいうアマゾン)の熱帯雨林ジャングルに突如にして勃興した勢力……その謎の猿人間の一団は、動物を戦力として巧みに操って脅威を振りまいてはいたが、一方で彼ら自身は鉈や矢といった原始的な武器しか持たず、サウロイド世界そのものを滅ぼすような存在ではないというのが大方の予想だった。

 月で戦った彼ら(つまり2034年の我々)のような科学力は無く、宇宙戦艦も持っていなければ、高度な集積回路もスーサイドロケットミサイルも扱うことはできない。

 サウロイド世界の誰しもが奇襲攻撃で被害は出たがと、そう思っていたのだ。


 しかし司軍法官のゾフィは気付いた――

 彼らの正体や信仰(怪しげなカルト教だ)、動物を操る術、あるいはどこから来たのか……などの議論はどうでもいいことだったのだ。

 問題は彼らがという事実そのもの。

 オーワの森で最低でも一週間(実は何年も密林の中で勢力を広げているかもしれないが)も生活できているという事実だ。つまりそれは彼らの免疫が、我々サウロイドの地球の感染症に抗体を持っているという事にほかならない。


――――


『彼らが、電磁気の初歩の初歩も理解できない未開人なのは確かでしょう』

 ゾフィは議場を満たす騒然を切り裂くようにもう一度、強調した。

『しかし彼らの背後には高度な科学力……そりゃ重力を操ったり、惑星一つをテラフォーミングしたり、次元跳躍孔ホールを開いたりはできませんよ、それでも我々と同等かそれ以上の科学力を持った何者かがいるはずなんです!』

『…ええ。少なくとも医学の知識、ウィルスとは何か、免疫の働きとは何かを知っている者。がいるはずですね』

 と、援護射撃をするのはもちろんレオである。

『ええ、そうです。大佐』

 会議中だからというよりは、連帯関係(お互いが思う結論に議場を導こうとする臨時の共同戦線)を悟られないために、ゾフィも他人行儀に頷いた。

『我々か我々と同等以上の科学力を持つ者。それが猿人間の背後にいて、その者の陰謀のような意図ちからを感じるという次第です。……失礼しました』

 彼女は最後に「だからこそ迅速に全精力をもってして攻撃すべきだ。」という主張を繰り返すか一瞬迷ったが、その必要はないと判断し、一人の末席の司軍法官として微笑みながら席についた。


 今日も暑くなりそうだ、そんな予想をさせる冬のパナマの穏やかな午前9時とは思えない戦慄と混沌がしばらくザワザワと議場を支配した。

『わかった、わかった』

 しばらく隣の将官たちとヒソヒソと話していたオエオが口を開いて場を律した。

『まず一つ確実なのは、君が司軍法官より参謀の方が向いていることだな』

 彼は初手にジョークを選んだ。大きな笑いは起きなかったが、少し場は和む。

『だが、オーワの森を焼くというのは穏やかじゃない。君が将官(私たち)の立場ならその決断は容易じゃないと分かるだろう。歴史に悪名を刻む勇気が必要になる。君が外野だから言えることだ』

『しかし将軍!』

 これはレオではない。レオとゾフィに共感した一人の佐官が、オエオが次に言うだろう保守的な結論に先んじて反対した。

『まてまて。まだ何も言っていないだろう。脅威であることは十分に理解したよ。事態は急を要す。リスクを追っても――これはこの場にいる全員、異論はないはずだ』

 議場が「おお」とか「うん」とか頷きつつ首を横に振った。サウロイドとラプトリアンは骨格の関係でYESのとき首を横に振るのだ。

 こうして方針が決まったとみるやレオが一呼吸おいて口を開いた。

『――では、詳しい作戦は次官級の参謀会議にかけるとして』

『でしゃばるな。将軍級の会議だぞ』

 レオの言葉を邪魔したのは将軍の一人だった。しかしここはレオが大佐の分際で「では…」などと議長風に言ったのも悪そうだ。

『これは失礼しました。策があったものですから、その、発言したくて先走りしてしまいました』

『策?言ってみたまえ、大佐。レント少将もそうカッカするな』

『ありがとうございます。しかし策と言っても決定事項、というご提案です。もはやお気づきでしょうが――』

 ここでレオは「お気づきでしょうが」と挑戦的に言った。これは将軍達だけでなく我々にも向けられている。サウロイド達に残されたという作戦とは……?


『ゾフィ司軍法官から猿人間かれらの免疫の話をしましたね?よくよく考えれば、これはにも言えることです。つまり彼ら自身の体が宿主となる感染症は我々への脅威でもあるはずです。……となると、どうやって戦うのでしょう?』

『オーワの森に飛び道具(砲撃や空爆)は使えんしな…!』

 オエオ将軍は無邪気に「うーん」と悩んだ。年を召したサウロイドの癖に、若いラプトリアンのようなさっぱりした男である。

『はい。そうなると感染症対策をした歩兵による白兵戦しかありません。新型の機械恐竜テクノレックスは月面のような平らな土地でなくとも使えるそうですが、それでも戦力の補助にしかならない。歩兵ひとが前に出るしかありません』

『見えたぞ、大佐』

 レント少将が苦笑しながら言った。

『それで先鋒を自分にやらせろというのだな』

『見え見えでしたか』

 レオは、彼なりに精いっぱいに剽軽ひょうきんに笑ってみせた。彼とて人の間で生きる処世術は分かっている。

『そういうことです。。言い換えれば戦闘に耐える丈夫な無菌スーツを持っているのは私の月面部隊だけです、この世界で』

『それが“そうするしかない”という作戦というわけだな』

『はい、使。いま連邦軍が打てる手はそれしかありません』

『その少ない手駒で出来ることといえば……大佐、威力偵察だな?』

『その通りです。我々が猿人間の巣穴(次元跳躍孔)を見つけてごらんに入れましょう。そしてその暁には将軍、一つ約束してください』

『わかっている。完膚なきまでの集中空爆…』

『はい。次元跳躍孔の周り半径1キロテール(※)ほどの動植物には犠牲になってもらう…! なにしろオーワの森は広大です。3.14平方キロテールぐらい許してくれるでしょう。森も民衆も』

『うむ…』

 こうして、次なる月面奪還作戦のために準備中だったレオ麾下の月面部隊は、奇しくも月とは真逆の生命溢れるジャングルに召喚されることとなったのである――!



※サウロイド世界の長さの単位。久しぶりに登場だ。もとは王の尻尾の長さだったが、王が変わるたびに単位が変わるのが不便だっため、中世に地球の円周の4万分の1に固定されることになった。そのため1テールは1メートルと完全に同じだ。

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