第473話 召喚 Call of Duty(後編)

 猿人間はこの世界にはない未知の感染症を有しているかもしれない――いや、いるだろう。


 前々章で宇宙人と出会ったら真っ先に検疫に気をつけねばならないと書いたが、仮にその宇宙人がいわゆるウ亜人グレイ型としても(2001年宇宙の旅に出てくるような重力波を記録媒体からだとして情報たましいだけを持つ…とか、そういうウルトラCの宇宙人ではないとしても)二重螺旋のDNAや、それを読み取ってタンパク質を合成するリボソームの働きが違うだろううから、意外に彼らの持つは人間には感染しないかもしれない。感染症を気を付けるべきというのは杞憂であり、地球人のハルク(ブルース・バナー)がサノスと取っ組み合いをしても存外、問題は生じないのかもしれない。

 しかし、猿人間は。問題はそこである。

 猿人間かれらの精子が我々サウロイドの卵細胞に受精(つまり感染)するほど近くないが、彼らが持つウィルスが我々の細胞に感染することは大いにあり得る…!


が俺達の呼ばれた理由ですかね!?』

 出発までの段取りが整い、最後となった給油作業を224補給部隊に任せると、その間にレオは全員を甲板に決起集会ミーティングを行った。そしてミーティングの最後、自由質疑のタームにおいてエース大尉が挙手して声を大に言った。

『隊長の手腕どうこうより、俺達の精鋭ぶりがどうこうよりというのでこの厚遇ぅ!?』

 エースは最後まで言わず、代わりに手を広げて「周囲の装備を見ろよ」とジェスチャーをした。そう、彼らが立っているのは甲板は甲板ではあるがではなかったのだ。

 その乗り物ビークルを真横から見たときに、半分より上を見るとそれは駆逐艦と巡洋艦の間ほどのサイズの至って普通の軍艦に見えるが、半分より下は普通の船とは違う形状をしているし、なにより妙な喫水線で浮いていた。そう、今はまだ停船中なのでその特殊能力を発揮しておらずわかりづらいが、実はこれは巨大なホバークラフトなのだ。


 月面守備隊隷下オーワ川遡上専用急造母艦…いやである。

『まぁそう皮肉は言わずに、大尉』

 南大西洋を背景にしてレオは何故か笑顔である。

 本を読むのが好きで活動的というのとは真逆な性格の男だが、おそらく単純に冒険好きなのだろう。いや考えてみればそれもそのはずだ。そうでなければ次元跳躍孔ホールの向こうの世界の指揮官などやりたがらないはずである。

 大概の功名心とは恐怖心に簡単にかき消されるものであり、マゼランに(地球が球体であるというのは確信していたとしても)世界一周を挑戦させたのは冒険心――いや狂気だったのだろうが、それと同種の狂気がレオにも宿っていたのだろう。そうでなければアルゼンチンの南端をくぐり、一切の陸地の見えない海を三か月も進み続けることがどうしてできようか。あるいは即死するともしれない次元跳躍孔をくぐり、別の宇宙に赴こうとどうして思うだろうか。それはひとえに未知の世界への憧憬というやつだ。実際、レオが月面司令になるまでに20人以上の少将~大佐が向こうの世界へ行くことを辞退したという。


『じゃ、別の質問だ、司令』

 そう言って挙手したのは、ラプトリアンのオルネガ大尉である。彼はもともと月面守備隊(レオの配下)ではないが、今回の作戦で志願してきた強者である。単に好戦的なのか、利他の精神があるのか、それはレオも掴み切れていない。

『どうぞ』

やっこさんとどのぐらいになったら、バイザーを閉じる必要があるんですかね!』

『距離のことですね。それはまったく見当がつきません。ただ言えるのは彼らは6700年前に恐竜われわれが滅んだ世界線で進化した哺乳類だということで――』

『そんなことまでわかってるんですかい?』

『月面で一匹、捕虜にしたんだよ! 資料を読め、大尉』

 エースが「レオの話を遮るな」というのと「資料を読め」というので両方を咎めるが、彼の人柄としてあまり嫌な感じに響かない。コナンの「バーロー」のような響き方をする。

『まぁまぁ…。それで話を続けますと、繰り返すように6700万年分の隔たりがあるので未知のウィルスを彼らが持っているのは間違いありません。…ですが逆に言えば6700万年分しか違わない』

『左様だ』

 と言ったのはアストラ博士である。彼女は「決起集会ミーティングなど馬鹿々々しくて出ていられるか」と辞退していたが、彼女は子供たち(機械恐竜テクノレックス)を甲板の縁を試験歩行させていたので、ずっとミーティングの話を聞いていたのだ。

『生物…もとい細胞システムの歴史から見れば6700万年は一弾指。何も変わっていないとみるべきだ。急に赤外線を使って自分のDNAを送り込んでくる…なんていう感染方法をウィルスが編み出したりはしない』

『えぇあ、博士ぇ』

 オルネガ大尉が身振りで困惑して見せた。

『つまりです。ウィルスの空気中の寿命、飛沫の距離、熱への耐性。そういうものは変わらないはずということです』

『怖がりすぎるな、ということだな』

 と、エース。

『皆さん! ひとつ、目視で敵を捉えたらバイザーを閉じること。ふたつ、その際に月面服を着ていなければ退却。 そういことにしましょう』

『やれやれ、原始的だな』

『別の宇宙の、謎の巨大甲虫ビッグバグが住む月に滞在するよりは安全でしょう』

『ははは…。 原始的といえば、まさかが出てくるとはね』

 エースは背後のアレを振り返りつつ苦笑し、それにアストラも続いた。

『あぁ、科学万能の時代とは思えんな。サウロイドの存亡をかけた新鋭艦に……ケロノサウロロフスが乗っているとは。中世と変わらん』

 

 そう。エースとアストラが振り向く甲板の後方には、間抜けにも日除け傘パラソルのついた2つの檻が鎮座し、そこに「ぬぉぉ」と事の重大さを知らぬケロノサウロロフスが首をもたげていたのである。

『なぁに質実剛健。見掛け倒しの重機など役に立ちません』

 しかしそのサウロロフスを所望した張本人であるレオだけは笑顔だ。

燃料えさは現地で調達でき、川を泳げ、どんな不整地も走破できる…。この戦場では最高の戦象ビークルじゃないですか』


 つまりサウロイドは恐竜の背に乗って、猿人間ホモサピエンスの獅子軍団と戦おうというのである。

 あぁなんということか。良い意味で――


 いよいよ物語は少年誌ばかっぽくなってきた。

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