第505話 ルシファー・ベルーガ(後編)
ラプトリアンのマリー少尉とシロイルカの会話は続く。
二人の傍らでは金色の肌をしたホモサピエンスがギリシャ彫刻のように沈黙しており、その様だけを見るとまるでデヴィッド・リンチに影響を受けた芸大生の自主映画のように滑稽であったが、真の問題はこの三人が何も「こうしたら
ちゃんとバックボーンがあって、この三人が一堂に会しているわけだ。
話題はそのバックボーンに迫っていく。
『アナタは7万年前の月面を三人のホモサピエンスと歩いていた……。それでどうなったの?』
『月面の地質を調査していた俺たちはある日、もう一つの次元跳躍孔を見つけたんだ。君達のよく知る、この世界(恐竜が進化した確率次元の世界)に通じる………禁断の門をな』
『…ほかの人は?』
『まだクレーターの中を調べていた。一言にクレーターと言っても静の海はとてつもなく広い……クレーターの外の調査を始めたのは俺が最初だったんだ』
なるほど。
海底人の基地…つまり海底人の次元跳躍孔は静の海
思えばネッゲル青年のいた揚月隊は、静の海
『その次元跳躍孔は生まれたばかりで、巨大だった』
シロイルカは続けた。
その口調は台詞の内容に反して太古の伝説を語るような口ぶりではない。一週間前に行った水族館でタカアシガニを見た…ぐらいのテンションである。声に懐かしさの響きはなく、驚きや興奮は生々しいものだった。
『巨大だった…?』
『次元跳躍孔は少しずつ蒸発するからな。7万年経った今は、3テイル(1テイルはちょうど人間世界でいう1mである)ぐらいだろ?』
『ええ…。 なるほど、そうなのね』
マリーは、ここで反駁しても仕方がない、とただ頷いた。今はシロイルカの言うことを信じるしかない。
『そのときは20テイルはあった。最初は深いクレーターだと思ったほどだ。もちろん俺はまだそのとき奉仕者だったので「大発見だ。仲間に報告だ」と思った。…思ったというか確か本当にそう口にしたよな? なぁ、使徒よ?』
『御意』
『だが次の瞬間、おれは思いとどまった』
『なぜ?』
マリーが間髪おかずに訊き返した。
『跳躍孔の淵、月面の何もないはずの灰色の大地の上で生物の死骸を見つけたからだ。……その死骸を持ち帰り調べてみると、それは翼竜ということがわかった。今なら分かるが、あれはプテラドンだな』
『プテラドン。アクオルの空の王』
プテラ“ノ”ドンに名前が酷似しているが遠縁の翼竜である。現在のアクオル(人間世界でいうイベリア半島)から地中海沿岸の温暖な空の生態系の頂点に座る現生
『つまりこっちの地球のアクオル上空にある跳躍孔に飛び込んでしまった個体が、月で死んでいたということね』
『そうだろうな…。ともかく俺はそのことで、俺の見つけた次元跳躍孔が「確率次元共役タイプ」であることに気づいた。そして神話の道だということもな』
『神話の…?』
『つまりこの跳躍孔を通ってサウロイドとホモサピエンスは出会い、うんぬんかんぬん、殺したり殺されたりして、最終的にもう駄目だとなって裁定者として
この君たちというのはマリー(ラプトリアン)とゴールデンスキン(ホモサピエンス)に向けている。
『だから…その
『フン…。だから、まだ目的は教えないと言ったろ』
シロイルカは後頭部の鼻で笑って、続けた。
『ともかく俺はその神話の道を逆に進みたくなったのだ。もちろん仲間には次元跳躍孔を発見したことは教えず準備に取り掛かった。必要なのは冬眠カプセル、
『宇宙船…!?』
マリーは、羽毛がザワッとなるような怪訝を覚えた。
というのも話を聞きながら彼女の中で「なるほどそういうことか」と合点していたからだ。彼女の想像の中ではそう、このシロイルカはホモサピエンスやティタノボアの遺伝子を携えて7万年前の
『ああ、そうだ。もっとも本当に欲しかったのはタイムマシンなのだがな』
『タイムマシン? …で、その代わりに宇宙船?』
マリーは「やれやれ、さっぱりわからないわ」と首を縦に振った。
『……そうか、君は科学は疎かったな』
シロイルカは頷き、種明かしだというように続けた。
『宇宙船はタイムマシンにもなるのさ』
能面のようなツルリとした彼の顔面は、優しくも恐ろしくも見える。
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