第146話 SAL -冷蔵庫サイズのスパコン(後編)
サウロイドの月面基地の対空砲台群を沈黙させるべく、人類は第三波の準備を進めていた。月面軌道を周回している全412発のガルダ型巡行ミサイルで、各砲台に一斉同時攻撃をしかける算段である。
砲台の数は22。
単純計算、一砲台あたり約19発のミサイルが割かれることになるが、迎撃を難しくさせるためには、一方向からではなく全方位から攻撃するようにしたいのが人類の望みである。その計算は……
「…さすがのSALでも十秒以上はかかりそうですね」
「そうか」ボーマンはちょっと驚いたようだ。
「指数関数的な問題ですからね」真之は説明した。
「はい、ともかく計算中です」
アニィはやることも無いのでキーボードから手を放し、暇になった両手の指を胸の前で組んでいる。
SALは
もちろん名前の由来は「2010年宇宙の旅」で登場するスーパーコンピュータであり、前作にあたる「2001年宇宙の旅」の中で
(2010年は物語としては、HALの贖罪が見どころでもあるので、主役はやはりHALなのだが…)
ともかく――
そんな彼女でも「全412発のミサイルが22基の敵砲台を最も効率良く攻撃するにはどうすればよいか」という問いの答えを導き出すのは容易ではないという。
数十年前までは、よくコンピュータの性能を示すのに将棋やチェスの例が取り沙汰されたが、今回の計算は「駒」にあたるミサイルは将棋より複雑な動きができ、しかも「王手」にあたる攻撃目標は複数だった。さらにいえば、
ドラミちゃんを
「ボーマン司令」
SALの計算を待つ間に、艦長の真之はボーマンに聞いた。
本来はいったん参謀長のアンリに問うべきことだが、どうしてもモニター越しより物理的に近い距離にいる方に意識が引かれてしまう。
「どうした?」ボーマンもそういう規律を気にする男ではない。フランクに訊き返した。
「揚月隊の準備はいかがいたしましょう?」
「第三波の後、と考えていたが…」ボーマンは真之の方は見ず、手元の固形食のアルミ袋を破いている。「どう思う?」
「‟確かに”敵の今までの様子を見るに、第三波の後にすぐさま手を打ってくるとは思えません」
ボーマンの考えも分かっていたので、確かに、の一言から真之は始めた。
「ゆえに第三波の趨勢(けっか)を見てから、揚月の手順を進めても間違いありませんが」
「時間を与えたくないというのだな?」ボーマンは固形食を頬張りながら言った。
「はい、敵には悪いですが、第三波を防げるとは思えません。第三波の成功が確約されているのならば――」
「自分も同意します…!」
ここで、久しぶりにネッゲル青年が口を開いた。
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