第170話 アストロノーツ・ストランディング (中編)
77名の揚月隊は、ムーンリバー渓谷の谷底を行軍中に何者かの奇襲を受けた。
崖の上からの狙撃により2名を失いつつも、残された75名は谷底の壁にピッタリと身を寄せる事で狙撃者の射線から逃れる事に成功する。
全員が束の間、安堵の息を吐く。が、しかし…身動きがとれない。
――――――
―――――
月の静寂が戻ってきた――。
辺りは、揚月隊が牽制射撃で飛び散った
「隊長…!」
ネッゲル青年がヘルメット内の通信機越しに言った。隊列の後部を守る副隊長の彼は、隊長のノリスより遥か後方80m付近にいた。狙撃者に撃たれるやもしれないので移動はできず、壁に背中をピッタリと寄せながら通信機越しに会話をするしかなかった。
「なんだ?…いやまず、そちらは無事か?」
「ええ、こちらは何ともありません」
「そうか、こちらは2名…ミハイロビッチとイワシタがやられた」
回収してやれず渓谷の真ん中に放置された溶けた2つの死体からは嫌な煙が上がっている。炭素だけでない、リンや窒素が含まれた命の名残がまるで肉体から魂が抜けるように月の虚空に立ち上っていた。
「そうですか…」
典型的な熱血漢のネッゲル青年は心底、感極まった。悲しみと怒りと恨みは、彼がいくら語気を抑えても溢れ出していた。
「
「むろんだ」
むろんである。敵が時限式グレネードなどの間接的攻撃の手段を有す場合、この縦の塹壕はあまり意味を成さないはずだ。谷底の壁に身を寄せ隠れている彼らを守っているのは崖の上の出っ張りなだけなのである。
断面図を示せば、下のよう位置関係になる。
敵
――― ―――
壁│ │壁
壁│ │壁
壁│人 │壁
「崖の上まで登れるか?」
「ジャンプを使いましょう。一気に登らねばならない」
陽月隊の月面服は3回のジャンプ機能がある。臀部のブースターに点火する事で、使用者の脚力次第だが、だいたい20~30mほどの大ジャンプが可能なのである。
「……君の
攻勢に出なければ身動きもとれないが、敵の攻撃は陽動であり崖の上には大軍が待ち伏せしているかもしれない。攻勢に出るのは必須であるが同時に失うなら4名までとしたい―― という残酷な打算がノリスの言葉尻を濁らせていた。
「ありがとうございます」
ネッゲル青年もノリスの計算は分かっていたが狂人的英雄気質の彼が躊躇するハズもなかった。(班長の狂人ぶりに巻き込まれたM-7班の3名はたまったものではないが…)
「よし、頼むぞ。コチラから牽制をかけてやる。牽制開始3秒後に飛び出せ」
「了解しました!」
そう返答したネッゲル青年は、今度は自班の回線に切り替えて続けた。
「みんなブースターを準備しろ。恐れるなよ!」
一方その前方80m、隊列の中央付近にいるノリス隊長は全体回線で指示を続けると共に、前列の班の4人の背中を叩いた。
「おい、M-2班。牽制制射撃をかけてくれ」
「真っ白で見えませんよ」
周囲は前述の通り、明るい靄の中である。
「崖の上がどのあたりだったかは覚えているだろう?」
「はい」
「ではそれでいい。牽制だからな」
「了解」
「脅かしでグレネードも使え。時間設定は…0.7秒。谷底に戻ってきて自爆しても、つまらないからな」
「はい」
「グレネードのあとは斉射だ」
――と、ネッゲル青年から合図の返事がきた。
「M-7班、準備完了です。いつでもどうぞ」
「よし。…3…2…1!」
ノリスの前方の4人がバッと崖の陰から飛び出ると、天に向かいレイアップシュートのように丁寧に猫だましのためのグレネードを投じる(恐ろしい胆力である。筆者なら崖にぶつけて自爆してしまいそうだ)と、銃に持ち替えて崖の
「続いて、M-7班。3…2…1!GO!GO!GO!」
今度はM-7班の番だ。ネッゲル青年をはじめとする4人は渓谷の広いところに進み出ると、垂直跳びの要領でグッしゃがみ込んだ。そして――
「ジャンプ!」
思い切り踏み切ると同時に、臀部のブースターを開放した!
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