第354話 狩猟目標・乙(後編)

 第二月面基地の責任者アヌシュカ中佐は、レールガンに撃たれて月に墜落した宇宙船から生存するほどの強運の持ち主だったが(まぁ実際は海底人のおかげだが)、今度こそはもうダメかもしれない…。

 というのも、まるでをする子供のようにデスクの下に体育座りで隠れている彼女の目の前には……すでに4人の人間を惨殺した宇宙人が仁王立ちしているのである――!

 が、しかし。

 宇宙人はすぐにはアニィに手を下す事はなかった。この宇宙人が明確な殺意を持っているのは間違いないのに、いったいなぜだろうか。


――――――

―――――

――――

 ここで視線を真逆にする。

 宇宙人の視点で、アニィを見下ろしてみよう。


「…まったく」

 その宇宙人は独自の言語で落胆した。

「やっと2を見つけたのに…これでは手が出せない」

 どうやらその宇宙人は、デスクの下に潜み隠れている狩猟対象アニィを見つけたはいいが、攻撃できなくて困っている状態だったようだ。なぜなら、その宇宙人が属す集団の文化・信仰・流儀・矜持においては「無抵抗で非武装で、そして無様な相手を狩るのは不名誉である」とされていたからである。

 つまり、わざわざ透明化を解いてしてみたが、この小さな‟狩猟対象・乙”は震えるばかりで何もして来ないのだ。何もして来ない以上、宇宙人も手を出せなかったのだ。


「しかし…マスターは何を心配していたんだ?」

 宇宙人は続けた。

の戦闘力は話にならない。マスターはなぜ私が試練に失敗するだろうと言ったのだろう…」

 我々が犬の前では独り言が多くなるように、アニィを同等に見ていないその宇宙人はベラベラと独り言を発している。もちろんそのセリフはのため、アニィに内容は分からなかったが、もっとに彼女は驚嘆した。

「え…?」

 とアニィは顔を上げる…!

 なにせであったからだ…!!


 ああ、もう隠す必要はないだろう。

 そう。その透明宇宙人とは「ナオミ」だったのである。ヘルメットを兼ねた鈍く輝く銀の仮面に隠れた素顔は、あの幼気な少女だったのだ。


―――――


「ん? 来るか…!?」

 ナオミは、足元で体育座りでうずくまる女が顔をもたげたのを見るや、体こそ無防備に直立させたままだが意識を鋭敏にして、一瞬の隙も形も無いファイティングポーズを作った。棒立ちだが、どこから攻撃してきても対応できる直立不動の臨戦態勢で待ち構えたが……やはり相手(アニィ)は何もしてこなかった。

 目を皿のようにして驚愕しながらコチラを見つめるだけだった。

「やはりだめか、腰抜けめ…。別の獲物にいくしかあるまい…」


――この女は武器も持っていなければ、戦いの意志も無い

――こいつを狩っても私の名誉が穢れるだけだ…

――まったく。3というのに


 ナオミはヘルメット内のディスプレイの索敵モードを切り替えて(彼女はここまでずっと赤外線で周囲を見ている。アニィが居住棟ユニットに隠れているのを見つけたのもそのおかげだ)「赤外線」から「磁場」をディスプレイに表示させると、基地ドーム全体に散らばる居住棟の様子を検分して次の獲物を探した。なお、さすがにナオミが属す謎の部族せいりょくの科学技術をもってしても、磁場モードにしたからといってワイヤーフレーム的な風景が見えるわけではない。「生物の脳の電気信号を読み取って敵の位置を描画する」などという超技術ではなく、いまナオミが見ているのは「稼働している文明の利器がどこにあるか」というザックリとした情報だ。暖房(これはよく磁場を発する)やコンピュータなどが稼働している居住棟を探して、そこを次のとしようと彼女は思っているのである。


 ここでナオミの目的がはっきりした。

 実はナオミが言っていた「試練」というのは、この第二基地の襲撃の事だったようだ。いや、もっと具体的に言ってしまえば「敵の基地に乗り込み3種の大型生物を狩る」というのが、族長達から彼女に課せられた大人になるための通過儀礼だったのである。

 だからナオミの太刀筋には「明確な殺意がありつつ」同時に「相手への恨みはない」状態だったのだ。


 ナオミが属す部族の若者は皆、こうした通過儀礼を経験とっぱしなければならなかった。できなければ大人とは認められず、自害するか、コールドスリープさせられ数百年後に再挑戦の機会おんしゃを待つか、最下層の奴隷民に堕ちる事を選ぶことになる。

 そして面白いのが、通過儀礼の内容は挑戦者によって異なっているというところだ。

 何を基準に個々の通過儀礼を決めているのかは謎がだが、たとえば彼女の同門同期の「ベイク」は、恒星リゲル系の6番惑星「智王星」が試験会場になったそうだが、一方でなぜ彼女の場合は太陽系の「3番惑星の衛星」が試験会場になったのだろう?またなぜ3種の大型生物なのか……その理由も不明だ。族長達の考えは分からない。


 しかし彼女が理由を訊き返す事も許されないし、そして訊き返す気も彼女にはなかった。彼女はただ、自分の属す文化・慣習にどっぷりと心酔し、疑問無くマスターの言いつけに腐心している。

 この少女の中に理由などは必要ないのだ。

 彼女の思考力は全て「ここで3種の大型生物を見つけ、無補給かつ単独で狩り、その証拠を母船に持ち帰る」という通過儀礼をどう達成するかだけに注がれていたのである


――そして私は…!


 彼女は次なる標的、つまり3つの狩猟目標の2番目である「狩猟目標・乙」を磁場モードにした視野で探しながら静かな決意を燃やしていた。


――恒星間最高捕食者プレデターの仲間入りができるのだ!

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