第355話 彼女は恒星間頂点捕食者【プレデター】を目指している(前編)

 生態系における頂点捕食者をプレデターと呼ぶ。


 ワイオミングの森なら「グリズリー」、ベンガルなら「虎」、アマゾンなら「アナコンダ」、はたまた日本の雑木林なら「スズメバチ」、ミシシッピ川なら「アリゲーター」と色々あるだろうが、現在の地球では「人間」と「シャチ」しかいない。

 なぜならグリズリーは確かにオオカミより強いが、同じ捕食者であるオオカミと戦う事はしないしアナコンダもヒョウとは戦うまいが、しかしシャチは違う。シャチは映画ジョーズで有名な「ホオジロザメ」さえ狩るからだ。むしろ簡単に倒してしまうという。


 つまり語弊を畏れずに言い換えるなら他の捕食者すら狩る、他の追従を許さない頂点捕食者プレデターは、海なら「シャチ」そして地上なら「人間」というのが現在の地球の生態系とも言える……!


――――――


 いまアニィの目の前にいる、鈍い銀色のマスクをつけた宇宙人の正体は「ナオミ」という名の人間の少女であった。

 ナオミは、どうやら赤子の時分に恒星間最高捕食者【プレデター】と渾名あだなされる好戦的な宇宙人に拾われた(あるいはさらわれた?)人間のようで、地球の文化を知らず、プレデターの思想や慣習をすっかり信じ込んでいてを無邪気に望んでいる娘に育っていたのである。


 そんなナオミは、いままさに部族プレデターのしきたりの中でも「試練」と呼ばれる若者が大人として認められるための通過儀礼の最中にあって、その一環でこの人類の第二月面基地に殴り込んできたようだった。彼女に課せられた目標とは「月(ここ)で3種の大型生物を見つけ、無補給かつ単独で狩り、その証拠を母船に持ち帰る」であり、そのうち1つ目の目標・甲はすでに達成できていた。

 ハサンらの研究員を造作も無く狩り終えたからだ――!


 そしてナオミはその勢いのまま次の目標・乙として、ヘルメット内のAIとディスプレイに指示・推薦されるままに「少し形状が違う別種おんな」を狩ろうとして、この居住棟ユニットに乗り込んだのだが……

〈これでは狩れない〉

 まさかに急ブレーキをかけられてしまった。

 目の前に体育座りでうずくる目標・乙は完全に戦意を見せず、そうした相手を攻撃する事はプレデターのことわりとして不名誉極まり無いからである。


 一方、襲われる側のアニィの視点では、突然に攻撃の手を止めた宇宙人に対しての驚きもあったが、それだけでない別の驚きがあった。

「あなたは…人間なの…!?」

 アニィはその宇宙人の声を聞いて仰天していたのである。


 デスクの下で体育座りで蹲るアニィは震えつつ視線を上げ、目の前に立ち塞がる宇宙人を仰いだ。ヘルメットのせいでくぐもっているが、明らかにその声は人間の声帯から出る音だったからだ。しかも視線を上げてみれば、その宇宙人のプロポーションははどう見ても人間のそれではないか。

 レザーでもエナメルでもカーボンでもない謎の素材の黒いボディスーツをベースに、胸部や関節、頭には鈍い銀色の装甲を纏っている姿は、我々向けに言うなら「仮面ライダー」か「ブラックパンサー」を追加装甲でパワーアップさせたような出で立ちだったのだ。

 しかも背格好からすると…

「宇宙人…あなたは女…? 女じゃあないの?」

 アニィには女か少年に見えたのだ。


 さらに視点を逆転する――

〈なんだと……!!?〉

 ナオミは脊椎に氷の針を刺されたような衝撃を受けた。

 もちろん、アニィがナオミの言葉(プレデターの言葉だ。ジュワン!とビードグゴー!などにしか聞こえないあの言語だ)を分からないように、アニィの言語(英語だ)もナオミには分からない。いや、仮に分かったとしても「見破られた?」といった心配をナオミが抱く事はなかった。仮にそうなら殺してしまうまでのことで、どうでも良い事だ!ただナオミが甚だしく驚いたのは――

 その声が自分のに似ていた事だったのだ!


〈その声は…〉

 同じ「」で表現すると分かり難いのでサウロイドや海底人の台詞のように、以後、プレデターの言語は〈〉で記したい。

〈私と同じ音色ではないのか…!?〉

 銃口を向けられてもたじろがなかったナオミが、無抵抗なアニィの一言で動揺させられる事になるとは奇なるものである。その動揺はすぐに「相手の顔をみたい」という衝動に変わり、彼女を駆り立てた。というのも、今まで相手を獲物としてしか見ていなかったので「赤外線モード」にしていたため、ナオミは‟目標・乙”の容姿をシルエットとしてしか見えていなかったのである。

〈………! ええい!〉

 彼女は自分の中に生まれたその衝動に対し「いまは試練の最中だ」と何度か抗ったが、いよいよ観念したようで、苛立ちながら腕のコンソールを操作し(スマートウォッチを大きくしたようなものだ)ヘルメット内のバイザーの映像を「肉眼」に切り替えた!

 赤と青で染まった視野がスッとクリアになって通常の彩度に戻ると…

〈やはり…〉

 目の前にいるのは、自分と同じ系統の顔だった。

 そう! なんともだったのだ!

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