第356話 彼女は恒星間頂点捕食者【プレデター】を目指している(中編)

「あなたは人間なの…!?」

 アニィは、デスクの下に体育座りでうずくまったまま、目の前に仁王立ちする宇宙人に思わず声をかけた。宇宙人はすでに4人を惨殺していて明確に人類に殺意があるはずであり、状況だけでいえばアニィは絶体絶命だったが、声をかけずにはいられなかったのだ。

 なぜなら、目の前の宇宙人が明らかに女ので唸り鳴いたからである。「あぁ、それは言葉こそ分からないがに違いない…!」とアニィは直感したのだ。


――――――


 一方、アニィの一言は宇宙人ことナオミの方も驚愕させた。

〈まさか…〉

 ナオミは恒星間頂点捕食者プレデターの言語で「まさか…」と驚愕した後で、「試練の最中だ。集中しろ」と暫く逡巡したがどうにも我慢ができず、観念したように苛立ちながら腕のコンソールを操作し(スマートウォッチを大きくしたようなものだ)ヘルメット内のバイザーの映像を「肉眼モード」に切り替えた。

 今のいままで、ずっと「赤外線モード」でを行っていた彼女の視野は、赤と青からスッとクリアになって通常の彩度に戻る…!

 と。

〈やはり…!〉

 彼女の足元で蹲っている狩猟目標・乙はだったのだ!


――あぁ! ‟同じ顔”ではないか…!


〈なんとうことだ…〉

 ナオミは呆然とした。

 彼女は物心ついた頃から、自分は奇形児だと思っていた。

 彼女が育ったには数種類の宇宙生物(ヒョルデのような宇宙狼だ)も居たが、彼女の親や友となる知的生物にんげんはみな、彼女とは違う様態をしていたからだ。

 また、6,7歳になると「自分はプレデターの奇形児ですらなく、貧弱な宇宙人ホモサピエンスである」と理解できるようになり、彼女はさらに傷ついた。10歳になると誰から聞いたわけではないが「自分の種族の文明は滅びていて、崩壊する母星から脱出するカプセルに乗せられた赤子が自分なのだろう」と想像できるまでになった。

 育成責任者マスターは何も教えてくれないが、きっとそうなのだろう、と。

 

 しかしどうだ――!

 目の前に、自分と同じような見た目の宇宙人がいる。

 たしかに肌の色は違う。(アニィはインド人なので褐色、ナオミはモンゴルとロシアの混血である)しかし顔の構造が同じではないか!

 ナオミは思わずバッとしゃがみ込み、両手で挟み込むようにアニィの顎を鷲づかみ捕まえた。

〈信じられない…!〉


 部族の中で「醜い」と散々に言われた下向きの鼻…

「間抜けだ」と笑われた目の上に一筋走る毛の集まり(眉毛だ)…

「気持ち悪い」と蔑まれた湿潤な肌…

「愚鈍だ」と罵られた平らな前歯。


 それと同じ造形の顔が…いま……!


〈き、貴様は何者だ!?〉

 ナオミは戦士としての鍛錬だけでは抑えきれない、若者らしい激情で震えると、まるで接吻でもするかのようにアニィの顔をグィと引き寄せて見つめた。

 普通人間は ――恋愛感情がなどがなくても―― 5秒以上は相手の目を見つめる事ができないというが、ナオミには通用しない。彼女は人間同士の社会性を全く持たずに成長したため、犬か赤ん坊のように‟気まずくなる”という事を知らないので、それはもう、ただただアニィの顔を真正面から検分した。

「うぅ…うー!」

 両手でしっかり顎をつかまれ、ナオミにラグビーボールを相手チームから奪い取るように遠慮無しにグイグイ顔を引っ張られるものだから、アニィは体育座りのまま前屈させられるような姿勢になって痛がった。

 漏れる声は食べ過ぎの悪夢でも見ているような間抜けな声だったが、ナオミの事情を知らないアニィは依然として殺されると思っているので、冗談ではない。恐怖でいっぱいだ。

 いや実際問題として、ナオミの死生観からすると「アニィこいつの首だけを持ち帰って、マスターに訊いてみよう」と思いついたら、自然に実行していたかもしれない。なにせ彼女はプレデターの弟子パダワンなのである。


 と、そのときだった!


「中佐!!」

 男の叫び声と共に、グゥンという耳を圧迫するような音が、このトレーラーハウスのように狭い居住棟ユニットに響いた。これは玄関となる小部屋エアロックの二重扉の一枚目が開かれた音である。


 誰かがアニィを助けに来たのだ――!

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