第589話 母艦を死守せよ(前編)
リピアは作戦通りアルテミスIIに収監された。
いやむしろ、将たる
「艦橋、第三搭乗口を開けられますか?」
ペドロ少佐は落ち着きと敬語を取り戻している。
少佐とリピアは、アルテミスIIの「∴」の形に並ぶ後部メインブースターのうち、下の2つが造る幅3mほどの間を通り抜け、船体の腹の下まで来た。宇宙戦艦と呼ぶのは些か誇張ではあるが、近くで見るとその威容はなかなかのものであり、サウロイドであるリピアは猿人間の技術力に驚かされた。航行中に微細なスペースデブリとの衝突を無数に受けたのだろう、腹の装甲にはひっかき傷のような筋が無数に走っていて――装甲の合金素材を見るだけでもサウロイドのリピアは好奇心を刺激される。
「分かっている。だが待ってくれ、少佐。受け入れる側の準備ができていない」
艦長のガストンの
「急がねば」
すかさずリピアは芝居をする。
「おぉサウロイドの方かね? そう、リピアさんだ」
ノイズ交じりに答えたのはボーマンだった。ボーマンは南極基地に訪問したことがあってリピアと面識がある。
「司令ですね? 中佐を助けてください…!」
リピアは鋭敏な聴覚で話し手に気づき、これを好機とばかりに迫真の芝居を続けた。I-SIPから救出した時点で馬中佐が殺されていたのは知っていたが、いまは「斃れた看守を背負う健気な捕虜」を演じねばならないのだ。
「すまん、急がせている」
「待とう…。宇宙では扉一つ開けるだけで大変なんだ」
傍らで一緒に、船の腹という天井を見上げているペドロ少佐が自分とリピアを慰めるように言った。こう見ると月面第二基地の「窒素で満たしたドーム型」という構造は理に適っていたと言えよう。ちょっと扉を開けるぐらいならすぐだ。
そうしてペドロ少佐が失われた第二基地を惜しみつつ、なかなか開かない第三搭乗口(船底のハッチ)を見上げ睨んでいるとき――
「おかしい…!ラプトリアンが二人いる? 二人います!」
「なんだと!?拡大!」
「まさか…どういうことだ!」
「南極の捕虜は二人だったはずです…! サウロイドとラプトリアン一人ずつのはずなんです!!」
「わかっている!」
そんな
「揚月隊、警戒しろ! 艦長はレーザー砲の準備だ!」
「司令!どういうことです?」
「ラプトリアンが二人いるのだ! 少佐、こちらに向かってきているラプトリアンたちを検問しろ!」
「いないはずの三人目…!? リ、リピアはどうしますか?」
ペドロが勘良く起きている異常事態を察知すると、そこへガストンが割って入った。
「少し待て、もうハッチが開く! 捕虜はこっち(操艦チーム)で引き受ける」
ガストンが叫ぶや否や(彼は宇宙飛行士なので兵士へのリスペクトが無く、捕虜呼びである)アルテミスIIの腹の下が開き、同艦の操艦クルーの2人が非戦闘用の月面服の姿で飛び出してきた。そして二人は「抵抗する気は無い」とばかりに左手の掌を見せて棒立ちになるリピアに組み付いた。
「少佐、ここは任せてください!」
「よし!」
ペドロはリピアを託すと、踵を返してブースターの前の配下の2人と合流した。サッカーのディフェンス隊形でいう「フラット3」といった様相である。
もちろん、船内に収監されたあともリピアの戦いは続く。
ボーマンへの弁明、レーザー砲を使わせないための戦いである。まさか主砲を準備しているとは思っていないが、何かしらの先守防衛の攻撃に出てくるのは想像していた。
だからこそマリーは、ある意味でこの戦いが一番の困難だと見ていた。なぜなら言い訳は不能である。どうやっても正直に「
ブラフは効く。
――――――
「説明するください」
エラキは立ち並ぶ3人の揚月隊から10mほどの距離で立ち止まり言った。低酸素・低気圧症でいよいよ意識が朦朧としているマリーを月面に寝かせ、エラキは両の掌を見せる。
ここから先は全員で口裏を合わた内容なので、船内のリピアも同じ説明する事になる。そのため視点はエラキの方を続けよう。
「聞こう」
少佐がそう言うと、エラキは少し笑った。たしかにマリーの言う通りだった。この猿人間は銃を向けてこそいるが、すでにサウロイドを助けて(共感して)しまった手前、少し胸襟が開いているのだ。
「彼女は“確認する人”だ」
エラキは苦手な地球語でなんとか説明する。我々が英語をしゃべろうとするときと同じで、彼は下手でも正確な単文で構成することを心掛けた。
「彼女は言いました。蟲がサウロイド側に来た。だから皆はサピエンス側で何か起きたと思った。だから彼女は来たのです」
「なるほど…。
エラキの嘘にペドロは頷いた。実際はI-SIPはサウロイド世界に行ってはいない。跳躍孔は健気なアシカ人間が守っている。
「少佐…ということはC棟は…?」
「そうだな。だが待て、最後まで聞こう。 ラプトリアン、続けてくれ」
「つまり彼女は月の……形を確認する。だから彼女は来た」
「状況を確認しに来たということだな。それが居ないはずの“三人目”が月にいる理由か…。 ラプトリアン、何の企みも無いという証拠はあるか?」
「?」
言葉を理解できない様子のエラキを見て、少佐は言い換えた。
「我々が彼女を助ける理由は?」
「人間が月にいれば彼女は死なない。人間は文明を持つからだ。しかし蟲なら彼女を殺すだろう。つまり“確認する人”の彼女が死ぬということはサウロイドにとっては……チャンスだ」
勘のいいペドロ少佐はここで、ラプトリアンが言わんとすることを悟った。ラプトリアンの言葉は分かりづらいが言いたいことの骨子は――
①この女ラプトリアンは斥候であるということ
②斥候が死んで戻らねば、蟲人間が月を占拠したということ
②そうであればサウロイド軍は月に攻め入ろうと考えている
――ということだったのだ。
「し、司令…これは…」
ペドロはさすがに判断に迷い「これはどう処すべきか」と指示を扇ごうとしたその瞬間、管制官の悲鳴に近い報告が飛んだ。
「飛来物あり! 丸太のような矢です!」
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