第14話 ハワイ島を用いて、時間Tを導出せよ

『私とて言葉の上でなら、確率次元だけがズレた世界というのは分かります』

 青年将校は謙遜した。いや半分は謙遜ではない、本当にイメージが難しかったのだ。

 …確率次元Pの値だけが僅かにズレた世界、言い換えればパラレルワールドと繋がっている。若いサウロイドの将校は頷きながら3本の指を絡み合わせて胸の前に固定した。人間からすればキリスト教徒が祈る時のポーズに似ているが、彼らにとっては腕組みのように両腕が楽なポーズの一種であった。

『私は専門家ではないからギルビー博士の説を信じるまでです。ただ一つ、素朴な疑問があるのですが』

 技師は無言をもって、次の言葉を促した。

『バカにされそうで聴聞会で質問をしなかったのですが、であることは何によって証明されたのでしょうか?』

『なるほど』

 確かにホールが繋ぐ場所は、ココ(サウロイド世界のイベリア半島)と月(人類世界の月)で、宇宙の規模で言えば誤差というほどのズレであるというのは目で見て分かる。しかしどうやって時間が同じだと分かったのだろう。

『ホールの向こう、あちら側の世界の星の動き、星座の配置などでしょうか?』

 ホールの向こうの世界の宇宙を観測すれば、天の川の銀河の配置から年代が調べられそうだが…?

『いえ、もっと単純です』技師は笑った。この将校は人当たりの良い信頼できる相手だという、屈託のない笑いだった。『確かに星は年代を知る要素にはなります。向こうの世界が数百万年分過去だったり未来だったりすれば、夜空は違って見えるでしょう。しかし今の観測技術では精度はせいぜい0.5万年ぐらいです』

『かなり良い精度の値ですが…』将校は笑った。『5000年の差は知的生命にとっては大きな差ですね。科学力が全く変わってしまう。赤子かライバルか神か、作戦の立てようがない』

 5000年前の人類が相手であれば、サウロイド世界の圧勝だろう。

 逆に5000年後の人類が敵であったら、サウロイド側は良い被植民地化の条件を引き出すぐらいしかできないだろう。

『ですから、もっと高い精度が必要になる。そこで我々が最もよく知るものを比較しました。3番スコープを使っていいか?』

 どうぞ、と技師の部下が答えるや否や、言葉通りに3番スコープがホールの外殻を滑って赤道面で止まると暫し微調整が続いた。スコープはホールの中の何かを捉えようとしているようだった。

『ああ、なるほど。分かってきましたよ』その様子だけで聡明な青年将校は我々より早く‟時間次元を確かめる方法”に気付いたようだった。

そして我々も遅れて、2つの画面に2つの地球が映し出されると何かに気付いた。

 画面に映し出された2つの地球――。

 雲の配置が全く違うが、紛れもなく両方とも見慣れた地球だった。

『そういう事ですね』

『はい。片方は人工衛星が捉えた我々の世界の地球、もう片方はあのスコープカメラがホールの中を覗き込んで捉えたあちらの世界の地球』

 そう、サウロイド世界の地球と人類世界の地球を見比べるのである。

『向こうの世界では海水面が低いようですね。ジブラルタル海峡(※)が狭小ですね』

 ※サウロイドの固有名詞で発せられているが、混乱が甚だしいので地名はそのまま記す事にする。

『海抜は80mほど、我々の世界より低いようです』

『なるほど』

『海の大きさだけではありません。天候はどんな些細な事の影響も受けるため、まさに所謂バタフライ効果と言うものですが……さておき。我々の世界とむこうの世界の天候が同じになる事はありません。竜脚目の群れの移動や杉花粉の一斉放出でさえ天気は変わる。しかし…プレートテクトニクスはそうした生命活動はもちろん、影響を受けないと考えられています。つまり、大陸の配置や形が見慣れたものである事自体が同じ時間次元である事の証明なのです。現在の望遠鏡の口径であれば精度は誤差0.5mで観測できています。たとえばハワイをご覧ください』

 2つのモニターにハワイが映し出された。片方はサウロイド世界、もう片方は人類世界のものだ。どちらも太平洋の全く同じ場所にあるように見えた。

『もっとも活発に動くハワイプレートは年間の5cmほど移動しますので、0.5mの観測誤差を持つ望遠鏡で「同じ位置にある」と測定されてるという事は、時間次元Tのズレは最大でも10年ほどでしょう』

『向こうの世界は2021年から2041年の間…という事ですか』

『はい』

『誤差ですね』

『まさに、誤差です』

 長い宇宙の歴史で、たった10年の誤差というなら時間次元も一致していると断言してしまって差し支えあるまい。

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