第503話 ルシファー・ベルーガ(前編)

 シロイルカは足を組み替えながら言った。

『まず…俺が生まれたのは今から2500年後。起源4500年だ。そしてその時分ではすでにTとT†は7.5万年ほど離れていた。つまり、シンプルに言えば、俺が次元跳躍孔に飛び込むとそこは7万年前の地球だったのだ。…まぁ正確にいえば月だが』

 ベルーガとシロイルカは同種、というか名前の呼び方の違いに過ぎないが何となくこの女サウロイドの声でしゃべる一人称が俺の海底人は「シロイルカ」と呼びたい趣がある。

 もちろん、単に音の印象の問題だ。

 逆に、同じ海底人勢力の月面前線基地にいる首魁モノクロームはシャチをベースにした変造人間ミュータントであるが、どこか「シャチ」と呼ぶより「オルカ」と呼びたい人物だ。オルカもシャチの別名に過ぎないが、なんとなくオルカ王子と呼びたい人物である。

 単に筆者が好きなだけかもしれないが…


 閑話休題。

 そんなシロイルカと、ラプトリアン女のマリー少尉の話は続く。

『紀元前7万年前といえば地球は氷河期の終わり、俺たちにとっては快適な環境だった。もちろんホモサピエンスもいる。ホモサピエンスの遺伝子は完成していて現生人類と同じ知能を持っていたが、まだマンモスの死骸を漁るような生活をしていた。なぁ使徒よ?』

 二人の間には彫像のように金色の肌をした半裸の男、ゴールデンスキンが立ち尽くしている。いまさらだがコイツはロボットなのか――とマリーは思ったがそれは今話している話題の規模から比べれればどうでもいいことである。

『7万年前…。そこにあなたは何をしに行ったの?』

『ああ。まずポイントは7ということだ。次元跳躍孔がそういう座標に繋がっているから7万年前なだけだ』

『つまり、過去に行く、ということが重要だったのね?』

『そうだ。俺たちは子守り役して過去に送られる――そのために未来で創り出された人造人間なのだ』

 人造人間というなんともセンス・オブ・ワンダーな言葉が飛び出したが、まぁ確かに海底人はそうとしか表現できない見た目をしている。だが大事なのは問題はその目的だ。とはいったい……?

『えっと…理解が追い付かないわ』

『A.D.5000年(二人はサウロイド暦で語っているが分かりづらいので西暦に置き換える)の未来、ある創造主が海獣をベースに俺達を造り出し、次元跳躍孔を通してB.C.70000年の過去に送った。俺達に託された目的は「創造主自身を見守ること」だ。つまり、まだ未熟な創造主が環境破壊やとの戦争で死に絶えず、A.D.5000年まで繁栄を保てるようにとして過去に送られたのだ』

『創造主とは…? 猿人間?それとも私たち(サウロイドとラプトリアン)?』

『それは、言えない』

『知らないの?』

『知らないのか、知っているのに言わないのか、それも教えることはできない』

 雄弁に語っていたシロイルカは、ここだけ妙に余裕なく早口で言い返した。

『……ふぅん…』

 マリーは溜息を吐いた。喉が渇いていたが、この白い広大な空間へやには冷蔵庫の一つもない。あるのは消えた薪ストーブだけだ。

『まぁいいわ。主導権はあなたにあるもの。ともかく創造主自身を守るためにあなたは過去に赴いたわけね』

 書いていて気づいたが、ターミネーターもドラえもんも同じあらすじである…。だが決定的に違うところがあって、それをマリーが指摘した。

『でも、今あなたがね? 話の感じだと海底人はとして生み出されたように聞こえる。創造主はあえてロボットじゃなく、繁殖という究極の自己修復と食事という究極のエネルギー回収が可能な“生物”を選んだんでしょう?』

 マリーはなかなかするどい。

 アニィやゾフィとは違う方向で頭の切れる女である。

『まぁそれを含めて、未来では生体ロボット、有機メカとか呼ぶののかもしれないけど……。ともかくあなたの一族はどうしたの?』

『忘れるのも無理はない。俺が最初に言った言葉をお前は忘れている』

『え?』

『だから俺は言ったのだ、反逆者と』

『あ……! なるほど。あなたは一族を、あるいは遺伝子に刻まれた目的を裏切って創造主を滅ぼそうとしているのね…!?』

『さぁ、どうだろうな』

 シロイルカは深呼吸……いや、ここで初めてをした。

 彼の後頭部にある鼻が「すぅーー」という、静かだが大量の空気を吸う太い音を響かせる。どうやら会話を始めて5分以上、呼吸をしていなかったようだ。ベースとなった海獣の機能が少し残っているのだろう。

『目的を推測するのもいいが、まず俺のしたことを全部聞いてみたいと思わないか?』

『ええ…そうね。続けて。創造主を子守りするという使命を帯びて、7万年前の地球に着いた――そこからよ』

『よし。7万年前の地球に着いた俺たちの最初の仕事は自らの科学力を発展させることだ。創造主はまだ自然と戯れている時代だからな。大量破壊兵器も汚染物質も無い……そんな平和な時間に自分達の科学レベルを上げることが大事だった』

 子供が寝ている間に資格の勉強をする母親のような、そんな健気さが海底人にはある。

『俺の仕事は遺伝子研究だ。ホモサピエンスだけじゃなくほかの生物の遺伝子も研究、復元、保存するのが仕事だった』

『遺伝子…?』

『ああ結果、大量のネアンデルタール人やホラアナライオンの遺伝子を保管し、あるいはを復元することができた』

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