第10話 ムーンマンの死因
2029年8月。
「ムーンマンが死んだのは7万年前」というニュースが世界を駆け巡った。
6カ国の研究所が独自の方法で解析し導き出した結論は全て、約7万という数字を示していたのである。もっとも新しく見積もった日本が6万5000年前、もっとも古く見積もった英国が7万5000年前であり、その誤差はたった5000年であった。むろん各研究所は分析方法についての意見交換などはしていない。バラバラに計算して、誤差5000年で7万年前と結論づけたのだから、もはや疑う余地はなさそうだった。
作り話を現実が凌駕してしまった。
この事実を元に考えられるのは2つ。
7万年前に月に行くだけの科学技術を持った超古代文明がいたか、宇宙人が古代人を何らかの理由で月に連れて行ったか、だ。
どちらも荒唐無稽だが、それしか考えようがない。
なお、ムーンマンがホモ・サピエンスである事は世界中の9つスーパーコンピュータの解析により99.998%の精度で証明されていた。(むろんこの残り0.002%の確率はネアンデルタール人の可能性である。そのため、いずれにせよムーンマンが人類に突き付けられたオカルトじみた謎であるのは変わりない)
大気が無い月面では太陽の紫外線が弱められる事無く降り注ぐため骨の内部までDNAは破壊され尽くしていたが、サンプルが大量にあったためコンピュータ上で復元する事は可能なのである。なにしろ我々の世界はホモ・サピエンスが異常増殖してしまった世界なのだ。細切れになったDNAをジグソーパズルのピースのように復元するための見本、道しるべ、雛形はごまんとあった。ムーンマンのDNAはスーパーコンピュータ上で完全に復元され、その容姿や体型、モンゴロイド系という人種が明らかにするだけでなく、脂肪肝やガンになりやすいなどの遺伝的疾患さえ如実に診断できるほどだった。
話が前後するが、「ムーンマンが死んだのは7万年前」というニュースを見たときネッゲル青年が軍属になる決意を新たにしたのは、彼が直感的に「超古代文明説」ではなく「宇宙人説」を信じたためだった。このニュースは人類が未だ対峙した事のない最大の脅威が存在する、それを伝えたものであると理解した。
いや彼だけではない。
彼の将来の先輩達の多くは宇宙人説を直感し、国防の危機を感じていた。
――だが、果たしてそうだろうか?
ネッゲル青年はスポーツだけでなく勉学にも励み、文字通り文武両道のエリートだったが、どちらかといえば文系の思考を持っていたのだろう。宇宙のスケールと光速の‟頑固さ”の本質を理解できていなかったに違いない。
数万光年という距離の恒星間を旅するためには光速を超えなければならないが、それは強力なエンジンを開発すれば解決するようなレベルの問題ではない。光速はとても頑固で、宇宙の最高速度は光速であるというルールは宇宙の法典とも呼べる。
さて…。
一体どれほどの科学技術を持てば、光速という裁判官を説得できるというのか。
もし光速を懐柔した宇宙人がいるならば、宇宙という法典はすでに彼らの門に下っているも同然なのである。
つまり地球に来ている、という時点でその宇宙人は神に等しいのだ。
銃弾という物理的には投石と変わらない質量兵器や、ミサイルという単なる原始的な科学反応による熱や体積膨張を駆使して戦う我々に勝ち目などあろうはずがない。惑星間を移動して地球に来れるという事が、すでに科学技術の圧倒的な差を示しているからだ。
それは大人と赤子が口喧嘩をするような戦いになる。
宇宙という名の法廷に賄賂を渡した大人に対し、言葉を知らない赤子が舌戦を挑むようなものだ。
つまり「国防」など文字通り…
『文字通り…笑止というものです』
その聴聞会でギルビー博士は、まるで机を叩くように尻尾で床を叩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます