第11話 宇宙に賄賂を渡す
宇宙人が攻めてきたときにどのような防衛策を講じるべきか、という公聴会でギルビー博士は笑った。
『防衛策など文字通り…笑止というものです』
7万年前に月で息絶えたムーンマン。
考えられる可能性は2つだ。7万年前に月面旅行を行うほどの科学力をった超古代文明があったか、あるいは宇宙人によって何らかの理由でムーンマンが連れて行かれたか、である。
消去法になるが…
大人と呼ばれる人々のほとんどは賢愚を問わず、後者を発想した。前者であれば何らかの痕跡が見つかっているはずだ、というのが理由である。これは世論だけでない。政府、軍、メディアも後者の宇宙人説を正しいものとして対策を議論していく事になった。
ただし先ほど賢愚を問わずと言ったが、宇宙人説を前提とするまでは同じでもその先の対策については教養の有無で大いに意見が割れた。それはタカ派、ハト派の問題ではない。科学の知識があるかないかである。
前話の繰り返しになるが、今一度言っておこう。
光速を超える科学技術を持っているという事は宇宙の法を味方にしているのだ。言い換えれば、地球に来ている時点でその宇宙人は神に等しい存在といえよう。
であるから、宇宙人が攻めてきたときにどのような防衛策を講じるべきか、と問われた時、ギルビー博士は笑った。
『防衛策など文字通り…笑止というものです』
聴聞会で、ギルビー博士は肩をすくめた。
無言が議場に広がるなか、彼は思った。
光速を超えるという事がどれほどの事なのか、噛んで含めるように説明してやったつもりだったが、どうだろう。
いや誰でも得手不得手はある。将軍たちをバカにする気はない。
軍配を振るう事については将軍達の方が自分より適しているのは認めよう。問題は自分の力量を図れず、不得手な分野にも得意顔で踏み込んでくるヤツだ。そういうヤツの事をバカというのだろう。
博士は、そういうバカがこの場にいないかを確かめるために気まずい沈黙の中で待ち続けた。
『君は光速を超えられないと言うが、君が無理だと思っているだけかもしれんだろう!』
『未知の技術を使った新しいジェットエンジンが作れるかもしれない!』
『そうだ、過去にはボルケナイトから核爆弾への飛躍だってあったじゃないか!』
博士は心の中で、バカが言いそうな無能な反駁を予想してみた。
しかし、そういう者は現れなかった。
彼らは博士の主張をきちんと理解し、ただし博士の言葉尻から漏れ出す小馬鹿にした態度に腹を立てているようだった。
なおも議場を沈黙が支配している。一つの対策も提案できなかった自分への咎も多少は感じている。だがギルビー博士は科学の奴隷として「光速を超えるような科学技術を持つ宇宙人がいるなら、それと戦うなどは不可能だ」と断言するしかなかったのだ。
沈黙の中、何人かが‟貧乏揺すり”をしている音がした。
ラプトリアンによくある癖だ。“親指の黒い爪が床を叩く音”が議場に微かに響いていた。
『光速は超えられないものとして、数万光年を旅する方法は考えられますか?』
ズラリと並んだ将軍達ではない。ある将軍の後席、副官らしき年若い一人のサウロイドが言った。『たとえば宇宙に先天的に‟穴”が開いていてその‟穴”がワープホールになっているとか。博士、それを話に来たのでしょう?』
そのサウロイドの顔は逆光で見えない。給仕の誰かが至らなかったのだろう、彼の背後のカーテンは微かに割れていてそこから漏れる午後の強い光が彼の背後から降り注いでいた。
『あ…そうです。ではご説明します…』
議場の外、統一記念公園では平和のシンボルとして放し飼いにされているユニケラトプスが午後の合唱会を始めた。群れ同士の絆を確かめるように、こうして互いの鳴き声を共有するのである。
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