第12話 次元跳躍孔、ホール
サウロイド世界。2031年4月
※便宜上、ヒューマンビーイング世界の暦で記載する。後述するが、サウロイドと人類は確率次元が異なるだけなので同じ時間を生きているからだ。また地球の陸地形成にかかわるプレートテクトニクスも全く同じため地図もほぼ同じになっている。(海岸線は微妙に違う。繁茂している植物の違いや、文明活動による温室効果ガスの差があるためだ)ゆえに地理の名称もそのまま使う事にする。ただ固有名詞として都市の名前はサウロイド語で記す。
イベリア半島。旧・アクオルオ市。
現・平行宇宙隧道枢密機構。
後年、ホール1基地と呼ばれる施設である(1話参照)
『次元跳躍孔はLv.4で安定。予想では60時間後にピークを迎えます』
モニターの前に座る下士官がそう言い終わる前に、例の年若いサウロイドの将校が基地の責任者の質問に応えた。
『――ええ、決行しますよ』
基地の責任者も軍所属でそれなりの階級の者のようだが、この青年のサウロイドの方が位が上のようだ。
『この計画のために私は臨時で昇級したわけですから』
人間と同じ文化なのか、軍服の肩当たりに新しい金のラインが入り、将軍の秘書的に副官として出席していた前の会議より階級が上がったのが分かる。
『侵略作戦を指揮するには将軍以上…という取り決めですね』
『…ええ』青年サウロイドは、侵略作戦、という言葉が不愉快だったが何も言わず『すみません、お茶を戴けますか?』と言った。
『あ、失礼しました。甲虫茶でよろしいでしょうか?』
若いサウロイドの将校は頷き、茶を待つ間、目に映るものに集中した。
監視研究所の超々硬ガラス越しに見えるのは、何度見ても奇妙な光景だった。
ガラスの向こうには体育館(人間の、だ)ほどの室内施設が広がり、その中央に漆黒の球が浮いている。‟ホール”と呼ばれる黒い球の大きさは半径3mほど、かなり巨大なもので不気味なまでに完全に静止していた。黒い球は、その周囲に配置された観測機器や、球の内部を見るためだろうカメラスコープ、飛行機のタラップを思わせる移動式の足場などが持つ人の手によって産み出されたのだという暖かみを完全に拒絶し、どこか形而上的な存在感を帯びていた。
『ここから見ると、ほとんど黒い球にしか見えませんね』
『この部屋の位置は‟ホール”より低いですからね。ここから‟ホール”を覗くと向こうの世界の宇宙が見えている形になります。しかも方位的に天の川の反対だから真っ黒に見えます。‟ホール”を上から覗けば、向こうの世界の地面が見えますよ。おい、上からの映像をお見せしろ』
青年将校の相手をしている基地の責任者が、下士官に指示を出す。
『あ、いえ結構ですよ』
『いえいえ。‟ホール”はいま安定期ですので。暇しているのです』基地の責任者は笑った。口を開けて舌を少し出すのが彼らの笑い方である。恐竜人間という恐ろしげな見た目に反して(特にラプトリアンは牙が長く、人間の価値観から言うと恐ろしい)機嫌のよいときのインコがしそうな可愛い仕草であった。笑いという仲間と善の感情を共有する行為は知的生物になるための必要条件なのだろう。
『そうですね、暇しています』下士官が‟ボケて”みせた。
『コイツめ。さっさと手を動かせ』責任者も和やかだ。
『はい。えぇ…と。モニター2に出します』
監視研究所のガラスの向こうでロボットアーム式のカメラスコープが動き出した。カメラは真っ黒な球(ホール)の中心部分を画角に収めながら、その外殻に沿って上端に移動した。ホールを地球儀に例えるなら、カメラはオーストラリアからグリーンランドの方へ地面スレスレを舐めるように動いた形である。
『ははは。あまり、凝視すると酔いますよ』
『ほう…』
そうしたカメラの一連の流れで捉えた映像は、ちょうど我々が腹筋をするときの主観視点に近いものだった。最初は天井(つまり宇宙だ)を見ていて、そこから身を起こす中で水平線、地面と視界が変わっていくだろう。
そうして、画面いっぱいに限りなく白に近い灰色の大地が映し出された。
『これが向こうの月の大地ですか』
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