第278話 セイバーモノクローム(前編)
月面基地を覆いかぶさるように浮遊している海底人の巡宙艦マザーマンタの中では、オルカ王子がハシャいでいる。眼下の月面に獲物を見つけたからだ。
[
[いや、そうですけど…]
アシカ執事は苦笑した。次の答えが分かっていたからだ。
[ならば、私が出撃するしかないかもしれん!]
言うと思ったよ、とアシカ執事は首を振った。サウロイドはNOの時も首を縦に振るが、アシカ執事は人間と同じで横に振った。
[いやいやいや…]
[さぁ準備しろ!――痛っ!]
戦いたくて仕方がないオルカ王子はバッと立ち上がり、マザーマンタの天井に頭を打ち付けた。
[低すぎるぞ、天井が!]
[天井を3mに改造するのは大変なのです。王子一人のために変えるわけにはいきません!]
アシカ執事はズケズケと言ってから、深い溜息を吐く。
[ふぅ…じゃあ行きますか…観光がてら]
それを聞いた王子は自分が主人であるにも関わらず、まるでゴールデンレトリバーの「ワン!」のように爽やかに喜びを表現した。
[おうよ!]
こうしたピクニック気分の彼らを乗せるマザーマンタの現在地は、先述した通りサウロイドの基地の直上であった。なんと図々しい事か、前後にも左右にも50mほどの巨大な菱形をしたUFOが高度70mという低空で基地を覆うように浮かんでいるのである。
しかし、その事にサウロイド達も人間達は気付かない。これは戦闘で忙しいから……ではなく、マンタが透明であるためだ。
マンタの船体は無数の小型の天球カメラと小型の天球モニターで覆い尽くされていた。天球モニターとは、サラダボウルを逆さまにしたような半球状のモニターで、その全面にしかるべき映像を投射する事ができる代物だ。このモニターが船体の反対側の映像…つまりマンタの腹側のモニターなら背中のカメラが捉えた映像を映し出す事で透明化しているのである。
また、イメージを簡単にするために「カメラとモニター」と表現したが、厳密には電磁波の「受信と送信」を行う機器であり、可視光だけでなく電波も同じように投射していたので、並のレーダーでは存在を確認できなない仕組みである。
ただここで注意しないといけないのは――
原理は割とアナログであるということだ。
ハイテクなのは天球モニターの精度とサイズの小ささだけである。つまり、さすがの海底人も重力レンズで光を曲げるとか、船体を亜空間で包むとか、量子化しているとか、そういう‟ドラえもん並み”の技術は持っていないということだ。
話を戦闘に戻すと、このマンタはどうやらサウロイドの
[よぉし。準備完了だぁ!竜の討伐にいくぞ!歯クジラと恐竜、どっちが最強の生物か教えてやる!]
オルカ王子は着替え終わるや、元気よく叫んだ。
遅くなったが、以下では4年後に人類と海底人が一戦を交える際、その戦い中で人類が彼らにつけた名前で呼ぶことにしよう。もちろん彼らには彼らの名前があるが、海獣の発音はサウロイド以上に文字に書き起こせないためだ。
――と言うわけで、未来の先取りをして人類側からの彼らの呼称に変える。
オルカ王子は「セイバーモノクローム」、そしてその近衛と思われるアシカの尖兵は「アームドシール」である。彼らに会敵した現場の人間の、なかなか雑なネーミングだ。
そんなモノクロームは専用の月面服に身を包み ――彼には天井が低く立つことはできないので―― 床で前屈などのウォーミングアップをした。見事に白を基調として流麗な黒いラインが走る月面服はまさに“シャチ風”で(それを見てモノクロームと命名したのだから当たり前だが)、まるで高級なスポーツウェアのように驚くほど伸縮して軽く非常に動きやすそうであった。いくら彼らが息を止めるのが得意でも酸素はどこに格納されているのだろう、不思議である。
一方。
[王子は観戦するだけですよ]
侍従として出撃するのだろう、アームドシールは出撃ハッチの開閉レバー(と思われる機器)に手をかけながら念を押した。彼はわりに普通の戦闘服だ。トンファーのような装備をつけた忍者風の見た目である。
[ははは。分かっているよ!俺の言葉が信用できないのか?]
モノクロームは、ヘルメットの額からユニコーンのような30cmほどの刃を出したりしまったりしながら笑った。これがセイバーモノクロームの名前の由来ともなった伸縮式の近接装備である。
[それはそうですが、万が一があります]
もう一人のアームドシールも頷いた。さながら「助さん角さん」である。
[我々が戦いますからね。約束できないなら置いていきます]
[ああ、分かった分かった]
[…もう]
アームドシールは苦い顔をしつつレバーを引いた。
と、次の瞬間、人類には信じられない事がおきた。
なんとそのまま床の一部がニュン!と開いて出撃のハッチになったのである。ここは宇宙であるにも関わらず、彼らはプロペラ機からのスカイダイビングのような気楽さである。もちろん、このままでは空気が外に漏れてしまうが――そのハッチには例の‟バブル”が張られていた。ドルフィン族が、ラプトリアンのエラキ曹長に臨時のヘルメットとして纏わせてやっていた特殊な液体と同じものだろう。
そのバブルは内圧でちょっとばかり船外に広がってパンパンに張り詰めて固定されたが、なぜか同時にブルンブルンと揺れ続け、柔らかそうでもあった。柔らかいならもっと膨らむはずだが…これも不思議である。
高度な科学は魔法と変わらない――と言ったアーサー・C・クラークの言葉の通りである。この魔法とも思える科学力の差を、人類とサウロイドは猛追する必要があるわけだ…。
まるで黒船を見た維新志士達のように。
――――――
[いっちばーん!]
モノクロームは床に伏せてウォーミングアップをしていたのを良いことに、ゴロゴロッと転がって床に開いた出撃ハッチから飛び降りてしまった。
[あ!観戦するだけと言ったでしょう!]
近衛の二人のアームドシールは慌てる。
[あれは嘘だ。わはははーっ]
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