第547話 ゴジラが刻んだ負の遺産

「なんだって?つまりあれか、ヤツらは放射能をエネルギーにしているのか?」

「アイアンマンみたいに?」

「いやいや、放射能を食べるといえばゴッジーラだろ」

「アイアンマンは反応炉リアクターとしか言及してない」

「…男ってみんなギークね」

 第二基地の地下空洞を探索するために集められた男女4人の探検家(プロフェッショナル)たちは、ニコラの推測を聞いて驚愕した。とはいえ数々の修羅場(遭難しかけたり、氷河亀裂クレパスに落ちたりだ)してきた彼らには、まだ驚きの中に少し弛緩した雰囲気もある。

「いや。放射能を食べるという表現が科学的に正しいかどうか以前に全くの間違いなんだが…」

 ニコラ博士はそんな彼らに向かって苦笑した。

 ニコラは彼らのように“ハーネスの使い方を熟練していない”のだから知識不足はお互い様であろうに、一方的な「何て無知な連中だ」という露骨さがその嫌な笑みの中にはあった。


――だがこれには筆者も少し加勢したい。


 確かに世間では「放射能」という表現が、しばしば間違って使われる。

 初代ゴジラの影響か「放射能を浴びてしまう」「放射能で汚染されている」といった表現が広く散見され、知識的を気取る上司でさえもが(福島原発などの話題で)そういう言葉を使っていたりする度、筆者はいつも内心苦笑をさせられる。だがこれは何も、SFマニアが重箱の隅をつついて“知的マウント”をとっているのではない。筆者は確かに物理学卒だが、これは“文系”の問題なのだ。

 さて、ではこの「放射能を浴びる」という表現をよくよく考えて頂きたい。

 どうだろうか、よく考えると単語の使い方が間違っている事に気付かないだろうか。◯◯能というのは能力それ自体を指す言葉であり、たとえば「この監視カメラはが低くて画像を拡大しても犯人の顔が分からないな」とか「ネズミはが非常に優れているからこそドブでも生活できるんだ」というように使うべきもののはずで「放射能を浴びる」は意味不明である。放射能は高低を指すであり、浴びるではないからだ。正しく言うならば「放射線を浴びる」か「放射性物質の粉塵を浴びる」だろう。前者ならレントゲンのように一過性の被曝をしたと分かるし、後者なら体内に入った放射性物質が長期的に放射線どくのひかりを放ち続けるためガンになってしまうかもしれない…と分かるわけだ。


 かくいうわけで

「まぁいい…。ともかく放射を食べるというゴジラとは違う」

 ニコラは辟易しながら放射能を放射線に訂正しながら言った。だが彼は英語圏の人間であり、英語では

 「放射能を持つ」という副詞「radio-active」と、

 「放射能を持つ物質=放射性物質」という名詞の「radioactivity」は

明確に言い分けられており、彼が思うほど受けているストレスは少ないだろう。もし彼が日本のSF映画やロボットアニメを見たら、それこそ言葉の使い方に卒倒してしまうかもしれない。原子爆弾の(よりにもよって市街地への無差別の)爆撃を受けた唯一の国なのにクリエーター連中さえ放射線がなんたるかを理解していないのか……と。

「放射線は食べるものではない。……いや、少なくとも今言っている蟻兵やつら恒温能力の推測とは無関係だ。ねぇ、ボーア博士?」

「ああ、その通りだ。君たちは、月面という寒さの中でも体温を保てていること、イコール代謝が高い、イコール何を食べているのだろう、と考えたはずだ。探検家の君たちらしい。吹雪の中で“スニッカーズ”を頬張るイメージだろう?」

「そこへ私が放射線の話をしたからな、放射線を食べていると勘違いしたんだろ?短絡的にな」

「まぁ…そうだが」

「ふん…」

遭難した小舟パーティーの中で嫌われる危険性が分かっていないようだな、博士さんは…」

「はは、まったくだな」

 探検家たちが逆に苦笑し返すと、のニコラもさすがに気づいて態度を少し軟化させた。ハイスクール時代のアメフト部への憂さ晴らしはここまでにすべきだろう。

「ともかくだ、放射線とはプランク定数に振動数を掛け算した純エネルギーなのだ。そんなエネルギーを直接、動物が食べることはできない。いいかゴジラは嘘だ。動物ができるとすれば、そのエネルギーを受け止め“熱”に変換することなのだ」

「そう、それはある意味では被爆だ。繊細な遺伝子では貫通して傷つくだけだが、重金属が被爆する場合は丸ごと受け止め、それを熱に変える」

 ボーア博士が補足し、ニコラは続けた。

「…ええ。だからそう、奴らの外殻ひふの内側は重金属でコーティングされていて、そこに放射線がぶつかって熱を帯びているんだ。体内の……どこかは分からないが体内に放射性物質を有しているんだろう」

「それが奴らを撃ち抜いた瞬間に、ガイガーカウンターが鳴った理由ですか?」

 マー中佐は月面ライフルの整備・確認を終え、立ち上がりながら言った。軍人だけあって博士連中には敬語である。

「ああ、そうだろう中佐」

「それで……奴らは? 例えば、おい、空腹で雪山だったらどうだ?」

 馬中佐は、ここで次の手のために大事な質問をするとともに、探検家の一人に訊いた。

「20時間でアウトだろう」

「良い質問だ、中佐。私が言いたいのはそこで放射性物質の潜在的なエネルギー量は計り知れないということだ。1gで1トン分のスニッカーズぐらいのカロリーを引き出せるかもしれないれないのだ」

 これはニコラの完全な比喩である。核分裂の連鎖をさせているわけではないので、よく言う「プルトニウム1gは石炭3トン分のエネルギー」という事ではないだろうが、しかしニコラの言うのも一理あって連鎖させていない分ゆっくりとことはできるはずだ。

「……ということは粘ってもだめか。ここで粘っていても、

「まさに超恒温動物…」

月面そとに逃げても追いかけてくるとするなら、八方ふさがりか…」

「地球に帰るロケットは、この基地のメカニックたちに準備してもらわねばなりません。旅客機が空港職員の助けなしに飛べないように」

 と、11人のサピエンスが絶望したときだ。

「もし……生き残たいなら…」

 サウロイドのリピアが今まで黙っていた重い口を開いた。

跳躍孔ホールです。……サウロイドの地球へ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る