第202話 招かれざる珍獣(前編)
人類が月に送り込んだ揚月隊、総勢50余名が「仲間を殺されたという怒り」と「人類に仇なす外敵に挑もうという英雄心」に燃えて、いよいよサウロイドの基地に迫ろうとしていた――そのとき。
迎え撃つサウロイドの基地では、別の激震が走った。ある意味では目前に迫る戦闘よりもっと巨大な衝撃である!
『待て…!! い、生きているぞ!!』
月面基地の内外を隔てるドアというのは等しく二重になっていて、その二枚の扉に厳重に区切らた小部屋の事を与圧室と呼ぶ。外への扉を開いて真空になった後、扉を閉めて再度空気を充填する機能を有しているためだ。
いま疲労困憊のエースが寝そべっているその与圧室はジョージ平原に隣接したB-3号室であり、彼が検体を伴って帰還すると分かると、大慌てで臨時に滅菌機能を拡張された特別な部屋だった。
そんな特別な与圧室に隣接した、一畳ほどの制御室(別に大した部屋ではない。本来は空気の量を管理するだけのコントロールルームである)の中に怒号が響いた!
『検体は生きている!!』
もちろん与圧室の扉や窓は特に頑丈なのでその絶叫が与圧室側に漏れる事はないが、制御室の後ろ、見物人のために開け放たれたドアの方には盛大に声が漏れ出て、廊下へと響き渡った!
廊下に群れる見物人(戦闘員は防衛作戦の準備に駆り出されているので研究員ばかりである)は、どよめく。
『なんだって!?』
『いや幸運だ!』
『しかし…!』
『隔離しておいて良かった』
『いいから医療スタッフを呼べ』
『獣医なんかいないぞ!』
歓喜する者もいれば、慌てる者もいる。
だが制御室の担当者の小柄なサウロイドはそれどころではない。
人間から見ても研究者という風体の彼はすぐさま椅子を立つと、中腰のまま眼前の制御室と与圧室を隔てる分厚いガラスが嵌った小窓を叩いた。
ドンドン!
『大尉、気をつけろ!』
赤い光で照らされた与圧室の中、疲弊しきって壁にもたれて座るエースは迷惑そうに「なんだよ…!?」と視線を向けた。いや正確にはヘルメットをしたままなので視線は見えず、顔全体を重たそうに制御室の小窓へと向けた形である。
『なぁにぃ…?』
『となり!となりだ!』
担当者のそんな警告の声は分厚い小窓で隔てられて聞こえないが、七割ほど充填が完了した空気のおかげで窓を叩いた震動は聞こえた。そしてそれが、ただならぬ雰囲気であるのもエースは感じ取った。
『やれやれ、なんで通信を使わないんだよ…』エースは刺された腹を押さえながら面倒そうに立ち上がり小窓に近づく。
『あ?何だって?』
窓にヘルメットをくっつける。
こうすれば、糸電話のように物質同士を介して音を受け取れるのだ。窓の震動をヘルメットのバイザーが受け取り、そのバイザーがヘルメット内の空気を揺すってエースの鼓膜が音を捉えた。
『まだ生きているんだ!それが』
『あ!?』
『それだ!』
小窓の向こう、担当者は指さしジェスチャーを行った。その指の先は床にうつ伏せになっているネッゲル青年の
『そいつは、まだ生きている!』
『おいおい、マジか!?』
『間違いない。X線で心臓の鼓動を確認した』
『なんてヤツ…』
エースは少し笑い混じりに言った。
物語を追っている我々もエースと同じように「おお…なんてことだ」と喜びで頬が緩んだが、ワケを知らない担当者は「まだ死んでいないなんて、しぶといヤツだ」という悪態台詞だと捉えたようで――
『ああ、ヴェタスドンみたいだ』
と、我々からするとゴキブリを見るような嫌そうな表情を作った。
※サウロイド世界のネズミ。我々の世界と6500万年分の隔たりがあるが、基本的には同じ哺乳類である。繁殖力があり醜く、我々がゴキブリと呼ぶような意味合いである。
『だからいいか、与圧が終わってもヘルメットは外すなよ!』
『あぁ!?』
『どんなウィルスを持っているかわからん』
『いやいやいや。あんた研究者だろ。合理的に考えてくれ』一刻も早くTecアーマーを脱いで寛ぎたいエースは食い下がった。『
と、エースが不平したとき、ドン!と小窓が力いっぱいに叩かれた。
『ちょっと、黙ってなさいよ』
担当者を押し退けて幼馴染のゾフィが顔を覗かせたのだ。
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