第203話 招かれざる珍獣(後編)

 決戦を前にしてすでに、サウロイドの基地では別の衝撃が走った。

 エースと死闘を繰り広げた末に敗れ、検体として捕獲されたの霊長がまだ生きているというのである。


 月面から基地に戻ってきたばかりで、与圧室の中で宇宙服も脱げずにと一緒に缶詰にされていたエースは大いに落胆した。しかし、それは「倒したはずの敵が生きていたから」ではない。むしろ逆に闘いの契りを結んだ相手ライバルの生存については喜ばしく思っていたほどだ。

 だから彼がガッカリした理由はそうではなく、怪我の治療をして欲しいにも関わらず医務室に案内されないどころか、そのの検疫が終わるまでこの重い機動宇宙服Tecアーマーを脱げない事であったのだ。


『いやいやいや。検疫なんて不要だろ?宇宙空間から戻ってきたんだぞ』

 彼がそう不平したとき、

『黙ってなさいよ』

 与圧室の小窓では、いかにも技術者という風の小柄なサウロイドを押し退けてゾフィが顔を覗かせた。

『逆に言えば、放射線と真空に耐えれる病原菌をが持っていないと証明できるの?アンタは』

 ゾフィはと言って視線を送って、エースの背後の与圧室の床にうつ伏せに倒れているネッゲル青年の背中を指した。

『…い、いや』

『何にもわかんないのは皆そうなんだもの。誰のせいでもないんだから文句言わず座ってなさいよ』

『お前じゃだめだ、レオを呼ん……』

『与圧が終わっても絶対にヘルメットを脱がないでね。部屋そのものを処理するまで絶対に』

『お、おーい』

 エースがまだ言い終わる前にゾフィは、与圧室とその隣の制御室を繋ぐ小窓から去って行ってしまった。重厚な壁で締め切られた与圧室に彼はポツンと取り残され、空気を充填するシューという音以外の情報を失ってしまった。


『…やれやれ』

 エースは小窓の前で首を振って諦めると、背後のネッゲル青年の方を振り向いた。『見たか。あれがサウロイド女だぜ?ひどいものだろう? 銃後の偉いさんが兵隊に優しくしてくれないのは、こっちの地球でも同じかい?』

 彼はいつもの多弁を振るう。

は重傷なんだぜ……早く医務室につれてってくれってよ』

 そして彼は不平を言いながら、たった三歩ほどの狭い与圧室を酷く辛そうに横断して、小窓から反対側の壁へ進むとネッゲル青年の隣に座り込んだ。

『よっこらせ』

 死んだフリをしているのか、あるいはよほどの致命傷なのか、隣の壁にドカッと彼が座り込んだというのにネッゲル青年は、倒れたままウンともスンとも言わない。

『……死ぬなよな』

 少しシリアスなトーンで呟いた彼は、そんなネッゲル青年の肩の辺りを叩いた。

 ネッゲル青年の顔は放射線シールド付きのバイザーで隠れており、なおも両者はお互いの顔を知らなかったが、逆にそのことが棒人間マネキンのような印象を彼に持たせて無邪気な親近感を湧かせたようだ。(生の顔を見たら、お互い多少なりとも気味の悪さを感じるのは間違いない。ウルトラマンのように無機的でなければ、の顔なぞ見るに堪えれるものではないのだ)


 そしてエースは

『な?はるばるここまで来たんだろ?』

 と、今度はネッゲル青年のミラーボールのように輝くヘルメットをコンコンと軽妙に叩いた。

『死ぬなよな…』



―――運命とは不思議なものだ。

 月面で酸素タンクさえ失ったネッゲル青年だったが、数奇なる巡り合わせで敵であるサウロイドに救われる形で命拾いをしたのである。

 いやそれだけではない。

 ネッゲル青年はサウロイド基地に侵入した最初の‟こちらの地球の霊長サピエンス”となったのだった。

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