第204話 過去(ラビリンス)の結果
―――運命とは無作為な結果である。
その結果に何らかの意味を見出そうと過程を振り返るとき、我々は自分達の背後に横たわる
しかし実際はそうではない。
我々は迷路状の飼育ケースに入れられたネズミと変わりなく、そのときそのときで最善と思われる手を打ち続けてきただけの事だ。だから……
アトランタ出身の青年が、2034年の月面で、確率次元の異なる同じ地球から来訪した、恐竜を先祖に持つ
まぁ、こうして文字にすると途方もない事ではあるが…。
と、与圧室の重厚なドアが開いた。
ブシューン。
『大尉。検疫、問題ありませんでした。脱いで構いません』
『そりゃどうも……』エースはヘルメットを外して、空気を味わうように深呼吸をした。月面基地内の空気だって人工物だが
『ふぅぅ……。なんだよ、ゾフィはいないのか?』
エースは幼馴染がいの一番に心配して駆けつけるものだと思っていた。
『戦いが迫っていますから』
『司軍法官は、別に暇してんだろうに。よっ…!じゃあ肩を貸してくれ』
『あぁ!
『それは、こいつに使ってやってくれ』エースは顎で倒れているネッゲル青年を差し示した。『首をやっていると思う。こいつが何の生物かは知らんが、首を折って平気ってことはないだろうからな』
『わかりました』
『
そう言うとエースは自らの足で医務室へと向かった。
――――――
―――――
『ああ、司令自らありがとうございます。ようやくお出まし頂けましたか?』
地球の一日の、48分の1が経った。
つまりそれは30分なのだがその時間は、確率次元が違うだけの同じ地球で進化した人類とサウロイドにとって同じく絶妙な時間である。いやむしろ、12進法のサウロイドの方が30分に特別な感覚があるはずだ。
30分というのは‟価値ある多くの事”が成せる最小単位であり、待ちぼうけできる最大単位と言える。
仮眠も、勉強も、家事も、ピアノの練習も、人生を分ける入試試験も、そして宇宙艦隊が月を一周して攻撃態勢を整えるのも……きちんと集中して行えば、30分とは大きな成果と結びつく有意な時間であるし、同時にぼぉ~っとテレビを見ていても、ゲームのマンネリに陥っても、ネコの動画を見ていても、そして待ちぼうけしても、いとも容易く無意に過ぎ去ってしえる時間でもある。
結果として、エースの30分は後者として過ぎ去り、その事を彼は皮肉っぽく言ったのだった。
『お出まし頂き、ありがとうございます』
しかしレオは、潔いまでに一切を無視して言った。
『怪我はどうですか?』
医務室の中で最も高次な治療を行えるベッドは一床だけで、それは既に先刻の人類のミサイル攻撃による重傷者を治療中のために使われており、エースは二番目の中等傷のベッドに横たわっていた。
命に別状無し…という事なので仕方なしだが、歴史的な戦闘を繰り広げた戦士の待遇としては薄いものである。
『眠っていなかったのですね』
四床ある大部屋は埋まっていて、そのほかの3人は眠らされていた。サウロイドは人間より麻酔が効きやすく、割と軽傷の治療でも患者を眠らせてしまう事が多いのだ。
『断ったんだ』
『そうなんですか?』
レオは傍らの軍医に訊いた。太ったラプトリアンで医者というより力士に近い。体重は300kgを軽く超えるだろう。揚月隊が基地に侵入してきて白兵戦になったら、戦力になるかもしれない。
『困った患者でしたよ。
『話は全部、参謀部が吸い出したでしょう?』
レオが来る前にすでに副司令ほか参謀部が、敵部隊の戦闘能力についての根掘り葉掘りをエースから聞き出していて、すでに迎作戦の立案に入っていたのである。
つまりレオがここに来たのはほぼ慰安という形だ。
『そうだけどな…』
エースは肩をすくめた。恥を捨てていうなら、幼なじみに会いたかった、という事だろう。それを察した軍医は与圧式点滴(月だと液が落ちない)をサッと点検すると
『大丈夫でしょう。あとでまた来ます』
と言って部屋を辞した。
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