第205話 人事を尽くして…待つのは敵

 300kgはありそうな太ったラプトリアンの軍医が出て行ってしまうと、部屋はシンと静まり返った。ここは中等症用の大部屋だが、ほかの患者が眠っているせいだ。サウロイドやラプトリアン(獣脚類の祖先)は麻酔が効きやすくめやすいため、簡単な治療でも安易に眠らせてしまうためである。いうなれば彼らは麻薬常用者だが、耐性が高すぎて依存には陥らないのだ。


『…大丈夫なんだろうな?』

 シンと静まり返った部屋で、最初に口を開いたのはエースの方だった。

『というと?』とレオは訊き返す。

『敵だ』

 ぶっきらぼうな最小限の答えである。敵部隊の攻撃への備えは大丈夫なんだろうな、という意味であろう。

『無論でしょう』

 二人きりになった事で、レオは多少フランクな口調で応じた。

『ムーンリバー渓谷への警戒は密になっています。渓谷の出口は一つしかなく……そこを対人弾に装填したMMECが狙っている。数は少ないが歩兵の準備も』

『砲の数は?』

『5門。…やり過ぎです』

『副司令の発案か?しかし、やり過ぎってことはないだろう?』

『いやぁ…』レオは首を捻った。これは哺乳類が首を横に捻るのと同じで、懐疑的な、何か決めかねているときに出るジェスチャーである。『敵が無為無策に突撃してくるとは思えませんね。見晴らしの良い平原では的でしかない』

『いや、どうかなぁ。そういう雰囲気だったぞ。ヤツらは』

『月まで来れて…なお野蛮族だと?』月まで来る技術があるのに、そんな愚策はしないだろうとレオは指摘したが、すぐに撤回した。『いや違う違う。そういう話を聞くために来たのです。を聞かせてくれ』

 親友との会話で、レオの語尾はどんどん乱れていく。

『そうだろ?じゃあ感覚的な話をするが……何というか、奴らはに入っている感じだったんだ。夜中に砂糖菓子を与えられて暴れ回るシュガーラッシュ子供のような』

 エースはベッドに仰向けのまま、天井を背景にして左手と右手を竜のように見立てて戦い合わせた。

『そりゃ砂糖ってわけじゃないけどよ。命の危機が迫ると、そういった何かの脳内物質が出ちまう……そんな動物なんじゃないのか?』

『ふむ』

 レオは懐疑とも納得ともとれない相槌をした。

『あるいは同族意識。つまりあれだ、ニンフサウラみたいに群れの意識が強い動物の末裔なのかも知れないぞ』

『仲間のための勇気が蛮勇に代わって、やがて特攻になる…』

『そうだ』エースは頷く。『さすが司令。まとめるのが上手いな』

『じゃあ、お前の見立てでは彼らは「平原を真正面から来る」という事…ですね?』

『そう思うね。だいいち、あのスーサイドロケットミサイルの波状攻撃で、こっちの全ての砲台を駆逐した……とヤツらは思っているかもしれないだろ?』


 たしかに、その可能性も高い。

 いや、我々は人類側の描写も見てしまっているのでと知ってしまっているが状況だけを並べるならば―――人類が「先のミサイル攻撃の際に、敵砲台群は最終的には無抵抗にタコ殴りにされていたのだがら、もう抵抗する砲台が無いはずだ」と思っている――とサウロロイドが思っても論理の飛躍は無い。

 現に人類がそう錯覚してくれるように、第二郭のタァ少佐は基地周辺の砲台群(第一郭)を秘密裏に残存させるべく、ミサイルの雨の中であえて援護するな、と言ったわけである。

 そして現にレオは司令官として第二郭を見捨てた、虎の子の第一郭を残存させるために。敵に「敵に砲台は無い」と思わせるために。


『そう願いたい…!』そんな咎を背負うレオは静かに強く頷いた。『そうなってくれれば、ジョージ平原はMMECの試射場になる。彼らを容易に一網打尽にできるでしょう』

 レオはそう言いつつ、そして頭ではそれに論理的な欠陥が無いと分かっていつつ、どうにもエースの見立てには懐疑的だった。


 タァ少佐が最後に残した「負けている事を認めろ」という言葉が頭の中に反響し続けているレオには、それが自身の希望によって歪められた予想である気がしていたのだ。「基地は人数に対して無駄に広くて守るのが難しい上、白兵戦が出来る者は限られていたので、なんとしても敵が基地内に侵入する事は避けたい」…という思いが自分達の思考を希望的観測で毒している事をレオは気付いていた。


 ――負けている事を認めろ。


 タァ少佐が言ったように、相手より自分が勝っていると思う事から負けが始まる。敵は確かにエースが言うように、戦いの興奮にやられて暴走する性質たちかもしれないが……

 本当に「全ての敵の砲台を駆逐した」などと早合点して、ギャンブルじみた作戦をしてくる相手なのか?それは敵が劣っている、劣っていて欲しいという私達の希望的観測なのではないか?

 では、いったい何をしてくる…?


『………ふぅ……』

 レオは、薬で眠らされている負傷者の背中をボンヤリと見つめながら、一頻り無言になって答えの出そうもない思索を巡らせていた。

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