第201話 仮面ライダーごっこ

 揚月隊のノリス大尉は機械恐竜に重傷を負わされたウィル少尉に安楽死の薬を打ってやると、怒りか憎悪か、強い決意を固めてスクッと立ち上がった。

「さぁ、みんな出発だ…!」


 機械恐竜の奇襲による揚月隊の損害は、最後に息絶えたウィル少尉を足して結局21名に達した。

 ネッゲル青年が率いたM-7小隊の4人は行方不明のままであるが、もちろん彼らが野山をハイキングに行ったワケではない状況を鑑みれば、彼らを死者としてカウントするのに迷う余地もない。月面ここは、神の加護は失っても科学の加護を失えば即刻死に繋がる静かな地獄なのだから。


 つまり合計すると、このムーンリバー渓谷でのでなんと25名が命を落とし、揚月隊は52名にまで減少してしまった事になる。いや、それだけではない。ノリス大尉のように打撲や骨折だけで済んだ負傷者を足せばその数はもっと多いのだ。


 しかし、約1/3の戦力が削られても揚月隊は止まらない。のだ。なぜなら――

「みんな、あと少しで敵の基地だ」

 ノリスはムーンリバー渓谷の狭間を、ゾロゾロと進む50余名の先頭を歩きながら通信機越しに語った。

「みんなが見たとおり敵は実在する。我々に敵意をむき出しにする知的生物が確かに実在するのだ。…しかし、聞いてくれ。私はネッゲル君のように言うつもりはない。敵の正体を探るのが我々に課せられた天命だ、などとも言うまい。私は……」

 何を続けるのだろう、と皆は歩きつつ耳をそばだてていた。

「私はシンプルな人間だ。職業軍人だ。私は難しい事を考えん。私は今、目の前でたおれた戦友の無念を想って戦おう」


 ――戦友の無念のために戦おう

 全くの嘘である。いや嘘ではないかもしれないが、揚月隊が進まなければいけない理由はできる。

 というのも、それは生き残るためだ。いま彼らが生き延びる手段は「敵の基地を押さえるか、少なくとも基地防衛のレールガン砲台を攻略して制空権を押さえること」だけだからだ。敵の基地を攻略して、この眼前のジョージ平原の安全を確保しなければ、迎えの船(アルテミス)を着陸させる事ができないのである。

 揚月隊の面々もそれは分かっていたが、誰一人、ノリスの演説に揶揄ツッコミを入れる者はいなかった。敵の脅威と戦友の死を目の当たりにして、あつく厚い揚月隊の闘志は、まさに燃え上がっていたからだ。


「私は、やがて家族じんるいを脅かす脅威のために戦おうと思う」

 隊列の一番前を歩くノリスは感極まって立ち止まって振り返ると、後に続く50名に向かって言った。

「諸君、一緒に戦ってくれ!」

 月面服のヘルメット内の通信機で50名全員の声の混線させる事はできないため、「おぉぉ!」というかけ声の代わりに挙手を求めて振り向いたのである。

「恐れるな、諸君。勇者たれ、諸君。。いくぞぉ!」

 ムーンリバー渓谷のそんな名調子が響くと「うおおぉ!」と全員が血気盛んに腕を掲げた。


 地球での戦闘はもう高度に先鋭化されて、こんな形での士気の鼓舞(コール&レスポンス)は無くなって久しいが、月は人類にとってまだ原始時代だという事だろう。

 人外の脅威と戦う兵共というのはロード・オブ・ザ・リングのようであり、きっと揚月隊の面々も自身をローハンの戦士のように思ってに入っているに違いない。男の子が仮面ライダーごっこをするように、こういう状況で悦に入れるから多くの男は勇敢であり、同時に争いを止められないのかもしれない。

 ともかく――

 そうして男達は自分を「宇宙の戦士」という自己暗示にかけて眼前に迫る決戦の地、ジョージ平原へと歩を進めていった。


 ――――――

 ―――――

 ――――


 同刻。

 迎え撃つサウロイドの基地ではが走った。ある意味では戦闘行為よりもっと巨大な衝撃である。

『待て…!!エース気を付けろ。生きているぞ!!は』

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