第284話 竜の息を盗む
十字の形をした月面基地の東側のB棟を占領した
さすがにジャンクションホールの門(防壁)の装甲は厚く、もう残り少ない手榴弾では破れそうになかったので、ここに侵入するためには門を守る
そのために、いま頼りにしているのがイトー中尉が
「ここをこうすれば…! よし!充電が始まった。それでトリガーは…?」
イトー中尉は、死んだラプトリアンの腕に据え付けられたフレアボールのデバイスを半分解体して何とか発射に漕ぎ着けようと悪戦苦闘を続けていた――。
このフレアボール投光器が人類の手に落ちたのは、まさに兵士の練度の違いとしか言えない。
経緯はこうだ――。
まずジャンクションの門を守っているのは50人ものサウロイド・ラプトリアン達であったが、内訳としては軍人はただの2人で残りは砲術士官や建築作業員などの雑兵であった。
そして攻撃がはじまるや、司令室から「装甲機兵を送った」という吉報が
そして堪りかねた20人の勇士は、打って出るという事になった。奇襲による格闘戦を挑もうというのである。
彼らはいったんジャンクションホールに戻り、その屋根の非常用エアロックから月面を経由してB棟の地上階に入り(海底人が出払ってくれていて幸運だ。見つかったら命は無かったろう)、そこから大きく迂回し地下2階で戦っている揚月隊の背後から奇襲を仕掛けたのである。
しかしこの奇襲は失敗した。
揚月隊の一人だけは討ち取ったが闇討ちになっておらず、即死させられなかったせいでその男に仲間への警告を許してしまったのだ。こうなってしまえば、もう後は
余談だが――
戦士の練度の差以上に、
ハンニバルがイベリア半島を迂回しアルプスを超えてローマを北から攻めると同時に、カルタゴの本国の部隊も地中海を超えて南から攻める事ができればカルタゴ軍は勝てていたかもしれないのに……という軍隊の連携の難しさが、月面で再現されてしまった。
もしカルタゴが勝っていればアフリカの北海岸がローマの代わりとなり、世界史はガラリと変わる事は間違いない。なにせキリストは出てこないだろうし、それに応じるイスラム教も無しだ。1500年にはスマートフォンが開発されていてもおかしくない。あるいは逆に2000年にようやく産業革命かもしれない…。
歴史はそうした何かで大きく変化する。
それを、この物語の言葉で言い換えるなら‟確率次元”は幸も不幸も無関係に森羅万象に平等な‟機会”を与えるということだ。
そしてそう考えると、海底人のやろうとしている事が見えてくる。
彼らの目的が何かは分からないが、彼らはその‟確率”に抗おうとしているのだ。つまり彼らはよく「シナリオ」と口にするが、それはつまり確率をコントロールしようとしているのだ。なぜなら「シナリオ」というのは確率が介入しないまま未来を描く行為だからである。
それが上手くいくのかは分からない…しかし
今のところは海底人のシナリオの通りに戦いは進んでいた。
海底人がめくる紙芝居の次の一枚には「猿が竜の息を奪い、竜自身を燃やす」というシーンが描かれていて、それが現実になろうとしていたからだ――!
――――――
―――――
――――
ついに、イトー中尉は鹵獲したフレアボールのトリガーを引いた。
「こうかっ!!」
ボフゥゥ!!!
ボーリングで、調子に乗った男子高校生が力比べに興じて思い切り投じた16ポンド球のように、月面基地の長い廊下を一直線に巨大な火球が走った!そして、その最大出力のフレアボールは誰を狙うというワケでも無く、ともかくジャンクションのシャッターに直撃した炸裂した。
ジュッ!!
ジャンクションを守る厚いシャッターの鉄板は、まるで熱々のフライパンに投入されたバターのように小気味よく融解した!とはいえシャッターを完全には完全に貫通はできず、お椀型になった壁に受け止められたフレアボール(改めて言うとプラズマ化した希ガスだ)は行き場を失って周囲に霧散し、シャッターを守っていたラプトリアンの何人かの月面服を融解させるという二次災害を巻き起こした。
「こりゃあいい!!手榴弾を何発も撃てる機械のようなものだ!」
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