第283話 鹵獲兵器(後編)

 サウロイドの月面基地は、上下左右に四つの棟がくっつく事で十字型を形成していた。そして基地の中央、各棟が接続される大広間は「ジャンクション・ホール」と呼ばれ、その東ゲートがいま攻防の舞台となっている。海底人の秘密裏の戦闘介入により東のB棟を制圧した揚月隊じんるいは、そのままジャンクションの制圧を目指したからだ。


「どうだ!?使?」

 ソン中尉は部屋の中を振り返りつつ叫んだ。

 この攻防の位置関係については「ホテルの廊下で銃撃戦をやっている図」を想像して頂きたい。それぞれの兵士が塹壕として小部屋に体半分を隠しながら、主戦場の長い通路に顔を出して射撃を行っている形だ。

 B棟は居住棟なので、その小部屋にはベッドや机などサウロイドの生活が垣間見れる家具があって、人類からすれば好奇心をくすぐられるが今はそれどころではない。


――制圧してからたっぷり拝見させてもらおう


 この部屋の主は女なのか、プレシオサウルスのような人形(ぬいぐるみではなく、ゴムかシリコン人形だ)がベッドに置かれ、ソン中尉はそのつぶららな瞳と目が合って苦笑した。


「どうなんだ!?イトー!」

「待ってくれ!いけそうだ。ともかく壊れてはいない!」

 部屋の中でイトー中尉がいじっているのはフレアボールの投光器だった。

 ボタンも数字も何もかも違うが、人類とサウロイドは同じような科学技術レベルであるので、それぞれの部品がどうい役割をしているのかは想像がついた。

「やつらもネジやボルトを使うんだな」

「あ!?」

 ソン中尉は訊き返した。この距離でも次元跳躍孔ホールの電波の減衰は大きくて、聞き取りづらい。

「ネジ!ネジだよ!螺旋のオスとメスが組み合って摩擦力で固定するアレだ」

「知るか!なんでもいい!」

 ソンは、そんな事に感動している場合か、と吐き捨てた。

「いけそうなら続けろ。それまで俺達が守るからな!」

「OK!あとちょっとで、発射の仕組みが分かりそうだ」

「よし!じゃあ皆に持ち場を堅守するよう伝えよう。お前は準備ができ次第、それをぶっ放せ」

「狙うのはどこだ?奴らが守るエアロックだか防火扉みたいなアレでいいんだな?」

 廊下の奥には巨大な防火扉が下りていて、そこを敵が死守せんとしているのは一目瞭然だった。人類としてはそれが基地の中心であるジャンクションのゲートだとは知らなかったが、ともかく彼らはいま使である。

 インカの祭壇を足蹴りに破壊するスペイン人のように、侵略者というのは敵が守るものを手あたり次第に壊せばいいのだから簡単だ。


「ああそうだ。ぶっ飛ばせ!俺達はそれを合図に突っ込む!」 

 そう言うとソン中尉は小部屋のドアの縁に手をかけて「いち,にの…さん!」で勢いをつけてダッシュし、廊下を横断して斜め前の部屋(つまり隣の塹壕だ)に飛び込んだ。


 廊下に飛び出るや敵のフレアボールの反応があるが、時速250kmほどの弾速しかないフレアでこの一瞬の横断劇を狙撃できるワケがない。

「おい、手榴弾はお預けだ!節約できるかもしれん!」

 ゴロンと前転しつつ文字通り転がり込む。

「なんでです!?」

 その部屋にも2人の隊員がいた。まるでヤドカリのようだ。

「やつらの火炎球を使う」

「ええ!?」

「いいから、そう隣に伝えろよ。伝言ゲームだ!」

 2人は顔を見合わせ、一瞬、沈黙したが

「…ええい!いきます!」

 と1人が不平気味に叫んだ。

「よし、援護してやる!牽制射撃の1秒後に飛び出ろ。いち、にー、さん!」

 バババッ!

 言われた通り彼は、牽制から1秒遅れてさきほどソン中尉がしたように廊下に跳び出した。

 

 敵も再び反応し、ボフゥ!ボフゥ!とフレアボールを撃ってくるが、今度は人類側の牽制射撃を嫌がって弾速だけでなく精度も悪かった。

 これならそうそう当たらないだろうが……この伝言ゲームを繰り返せば、やがて1人は死ぬかもしれない。次元跳躍孔ホールのせいで電波通信が使えないので、こういう危険な伝令をしなければならず、それが互いに(特にサウロイド側に)多くの被害を出していたのだ。

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