第285話 司軍法官のゾフィ女史(前編)

 揚月隊じんるいは十字の形をした月面基地の中央、東西南北の四棟を束ねる大広間「ジャンクションホール」を東側から攻撃していた。


 ジャンクションホールへの唯一の経路には城門のように堅牢な防護壁(空気を漏らさないための二枚の扉で仕切られた小部屋エアロックの構造はもたず、一枚の大扉である。それ自体が外壁になる作りだ)、なかなか一筋縄で攻略はできそうにない。

 と、そのとき。


「こうかっ!!」

 ボフゥゥ!!!

 

 イトー中尉が鹵獲したフレアボール投光器を操作し、その壁に向かって最大火力でブッ放したのである!


 ジュッ!!


 ジャンクションを守る厚い防壁は、まるで熱々のフライパンに投入されたバターのように小気味よく融解した!

 とはいえ20cmもある(そう人類は後から知るがその壁は20cmもあったのだ)防壁を完全には貫通できず、お椀型になった溶けた壁に受け止められたプラズマ化したネオンは、行き場を失って周囲に霧散し、シャッターを守っていたラプトリアンの何人かの月面服を融解させるという最悪の二次災害を巻き起こした。

『ぎゃぁぁぁ!』

 地獄に住まうコンドルの威嚇声のようなラプトリアンの断末魔は、幸いここが真空であるので人類には聞こえなかった。たぶんその声が聞こえたなら慈悲や恐怖を感じて、攻撃の手を緩めていただろう。だからこそイトー中尉は――

 

「こりゃあいい!!手榴弾を何発も撃てる機械のようなものだ!」

 ――オモチャをもらった子供のように興奮しつつ、フレアボールの二発目の充填を始めた。


 キュィィーン……

 竜の息を盗みし男の手の中で、フレアボール投光器が静かに微震する。

 榴弾ではなくバッテリーと希ガスを使う新しい概念のキャノン砲は、その内部でネオンの圧縮とプラズマ化という行程を開始している――!


 ――――――

 ―――――

 ――――


 この瞬間。

 ジャンクションのでも動きがあった。

 A棟(北棟)からC棟(南棟)へ避難した人々は、いったんは巨大な大広間であるジャンクションホールでたむろしていたが(科学者達は戦争の判断ができないので「ここで指示を待てばいいのかな?」と屯していたのだ)さすがに東門の外で戦闘が始まるやおののいてさらにC棟へ移動を始めていたが……

 ここに一人、A棟へと逆走する者がいたのだ。


 司軍法官のゾフィだった。

 『

 

 カーン! カーン! カーン!

 鉄格子づくり廊下と彼女の靴が織りなす音はかなりスローリズムで、それが逆に彼女サウロイドの疾走の歩幅が広い事を示していた。彼女は人間とは違う、逆関節の美しいフォームでA棟の紫の警告灯に染まった廊下を疾走する――!


 ここで大事なのは、美しいフォームだとというところだ。

 つまり、そのフォームが分かるほど彼女の月面服はまだ「中学1年生が着る真新しい体育のジャージ」程度のであった。彼女が着ているのは緊急避難用の最低レベルの月面服なので、服の外が真空になったら服の中の内圧でミシュランマンのように膨張してしまうはずなのである。

 これはつまりまだA棟が与圧されている事を示していた。


――A棟を捨てるなら逃げるなら今しかない。


『レオ!逃げるなら今しかないのよ!分かっているの!?』

 誰に言うでもなく、そう不平しながらゾフィは廊下を駆け抜ける。


――――――

―――――


 一方、レオはA棟を捨てる気はない。

 物語上の影こそ薄いが片腕である副司令と司令室付きの参謀1名をC棟にっているので、向こうは向こうで判断ができるはずだ、と思っていた。

 つまりレオの策としては――

 「ジャンクションが陥落した後はA棟はA棟で、C棟はC棟で立てこもっては防御に徹し、敵に対してを仕掛けよう」

 ――という策である。


 敵は妙な武器を使う、それは鉄片を飛ばすものだ、という情報を聞いたときからレオの中にあった作戦だ。

 確かにその通称「鉄片投射器アサルトライフル」は脅威だが、鉄片を放つという事は弓矢と同じの使い捨ての射撃武器であるからいずれ尽きるだろう。

 しかももっと重要な事として、そもそもエースの報告を思い出せば彼らはほとんど裸一貫(月面服と簡単なバックパック)だというではないか。

『ああ、そうだ…』


――酸素も水も、そう長くは持つまい!

 レオはそう考えていた。

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